第120話 暴走する力
《リクス視点》
エリス達が、シエンのデータパルスを逆流させる少し前。
シエンと剣戟を繰り返していた俺は、彼女の心の枷を外していくことに成功した。
そう。
彼女は、自由を求めていた。
《聖剣》だの《魔剣》だの、そんな力を持ってしまったばっかりに、いろんな人に都合良く利用されていたのだ。
それは、「親のためにこの大会に出場した」という経緯からもわかる。
自分の娘を使って金儲けすることしか考えられない、そんなつまらない両親なんだろう。
まさしく親ガチャ外れ枠といったところか。
お金を得るためこの大会に出場したのは知っていたが、その割には本人に欲望がないのが気になったのだ。
親に無理矢理出場させられていたなら、本人の意志が介在していなくて当然である。
しかし、俺はシエンの説得に成功したようだった。
自分のやりたいことをすればいい。
才能を持ったからその才能を行使しなければならない、などという法律はないのだ。
彼女は彼女の意志で、未来への一歩を踏み出すだろう。
そう思っていたのだが――
「僕にはもう、時間がないんだ。僕は、僕の身体を蝕む呪いからは逃れられない。たとえ勇者でも救えない呪いが、僕には刻まれているから」
何やら、目の前にいるシエンが曇った表情でそう呟いた。
は? 呪い?
「どういうこと?」
「それは――」
シエンが、苦々しげに表情を歪めながら、口を開いた――そのときだった。
ドクンと、シエンの胸の中央が大きく波打った。
「うぐっ、あ……っ!」
ぐらりとよろめいたシエンは、胸を押さえてその場に崩れ落ちる。
「な、なに? どうした?」
俺は、思わず彼女の方へ駆け寄る。
「そ……んな。今まで、こんなこと、なかったのに……」
シエンは、困惑と恐怖に支配された表情で、自身の胸元を凝視する。
俺もシエンも全く気が付かなかったが、このときが、丁度エリスがデータパルスを逆流させた瞬間だった。
心臓の鼓動が大きくなり、その度に彼女の胸の中で渦巻く不協和音が大きくなっていく。
「ダメ、抑えきれない……! 逃げて、リクス……!」
シエンは一瞬、俺の顔を見た。
それは、俺のことを気遣い、巻き込ませまいとする意志を感じるものだった。
瞬間、彼女の心の器を食い破り、膨大な力が溢れ出す。
輝かんばかりの白と濃密な黒が、決して混ざり合うことなく彼女の身体から吹き荒れる。
その余波はステージを舐め上げ、観客席を覆う結界にヒビを入れ、大気を震撼させる。
バチバチと紫電を纏うシエンは、宙に浮いていた。
おそらく意識はない。
美しい紫の瞳からはハイライトが消え、目尻には涙の粒が浮かんでいる。
口は半開きになり、両手両足はだらりと垂れ下がったまま。
黒と白の光の鞭が、彼女の身体を支えて空中に留めている状況だった。
「やっばいな、こりゃ」
俺は思わず呟く。
今までも危うかったが、これは本気でヤバい。
まさしく次元が違いすぎる。
けれど、体だな俺にしては珍しく、「しっぽまいて逃げたい」とは思っていなかった。
彼女が意識を乗っ取られるほんの少し前。
言いようもない不幸に身を置き、誰も助けてくれないことを理解しながら、確かに彼女は声なき声で告げてきた。
「助けて」と。
ハイライトの残っていた瞳が、そう俺に訴えかけたような気がしたのだ。
俺は別に英雄になりたいわけじゃない。戦う力があるから、この現状に立ち向かうわけでもない。
ただ、俺は俺のやりたいように生き、当たり前の日常を送る。
その日常の中に、シエンというピースは既に組み込まれてしまっていたのだ。
今更、目の前で失うわけにもいかない。
「さあ、お相手願おうか。人智を越えた権能の総体様」
俺は、内に湧く恐怖を噛み殺すように、そう呟いた。
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