第121話 救うための戦い

「…………」




 シエンは何も語らない。


 代わりに、黒と白の触手が彼女の身体から伸び、四方八方から俺へ襲いかかってきた。




 俺は咄嗟に飛び下がって距離をとる。


 半瞬前俺のいた場所を、幾条もの触手が刺し穿った。




 衝撃を緩和するはずのステージが、まるでクッキーを割り砕くように粉砕される。




「あちゃあ……こりゃ当たったらアウトだな」




 俺の権能である“俺之世界オンリーワールド”も、人智を越えた権能たるあの触手には歯が立たない。


 当たり所によっては、数発なら防げるだろうが……。


 それでも、脚を止めてしまうことの方がリスクが大きい。




 しかも、同族相手にはダメージが通らないという都合上、聖属性の白い触手にダメージが通っても、魔属性の黒い方はお手上げだ。


 攻撃を弾いて相殺するくらいが関の山だろう。


 はっきり言って、ジリ貧もいいところだ。




「それにしても、なんでいきなり暴走したんだ?」




 制御できずに力が暴走した……というのは少し考えにくい。


 であれば、悪意を持った第三者が作為的に力を暴走させたと考えるべきだろう。


 この場で誰かが彼女を暴走させたのか、あるいは予め彼女に仕組まれていた“何か”が力の暴走を促したのか。




 俺は右へ左へ飛び回り、触手の雨を避けながら考える。


 そういえば、さっきシエンが気になることを言ってたっけ。


 


――「僕にはもう、時間がないんだ。僕は、僕の身体を蝕む呪いからは逃れられない。たとえ勇者でも救えない呪いが、僕には刻まれているから」――




呪い。


呪い……かぁ。




呪いといえば、予め刻み込まれているのが相場だ。


となると、この暴走は彼女の両親が、シエンを戦いの道から逃れられないようにするために仕組んだもの、ということになる。




うん。QED証明完了。




「自由を奪うなんて、許せないな」




 死角から飛んで来た白い触手を《魔剣》で切り裂きながら、俺は声色低く呟く。


 彼女が、なんてことない幸せを望むなら、望んだっていいだろう。


 それを強要する権利が、一体誰にあるというんだ。


 


 彼女の生まれ持った力を、他人が己の利益のために使い倒していいはずがない。


 


「待ってろ。必ず救ってやる……怪我した分の治療費と残業代は別途請求するけどな!」




 俺は、ドリルのように回転しながら迫ってきた黒い触手の塊を弾き飛ばし、反撃に転じる。


 聖属性の白い触手は魔剣で薙ぎ払い、魔属性の黒い触手はなんとか弾き返す。


 ダメージは上級魔法を連射して少しずつダメージを与えていく感じだ。




「つっても、“フレア・カノン”10連射で表面が少し焦げ付いただけって、勘弁して欲しいけどな!!」




 ダルすぎる、もうやだ、帰りたい。


 他者が言うには固有魔法レベルらしい“俺之世界オンリーワールド”ですら聖・魔属性には歯が立たないのだから、たかが上級魔法レベルで与えられるダメージは微々たるものだ。




 もちろん、魔力にはまだまだ余裕があるから、超級魔法“インフェルノ”とか“コキュートス”あたりを数百発ぶち込めば完全に吹き飛ばせるかもしれないが、そんなことしたらたぶんその辺一帯が更地になってしまう。




 何より、今回は相手を倒すのではなく救うことが目的なのだ。


 


「とにかく、迎撃に集中してできる限り近づけば……」




 俺は魔剣を右手で振り回し、左手で上級の広範囲攻撃型土属性魔法“ガイア・ウェーブ”を重ね撃ちする。


 岩を纏った巨大な土の大波が壁となり、白と黒の触手の行く手を阻む。


 しかし、それも僅か数秒。




 すぐに土の大波を突き破り、俺へと殺到する幾条もの触手。




「ちぃっ!」




 風属性の超級魔法である“ペネトレイト・テンペスト”を連射し、肉薄する触手の群れにぶつける。


 猛烈な風が触手に激突するものの、逆に押し負け、触手の軌道が僅かに逸れるに留まる。


 しかし、それで十分だ。




 俺は身体を捻りつつ、ギリギリで触手を避けてシエンへ接近する。


 途中、狙いを逸らされた触手が俺の頬や脚を掠め、血が飛び散るが気にしない。


 俺はただ、我武者羅にシエンの元まで突き進み――彼女の眼前までたどり着いた。


 


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