第70話 リクスVSヨウ&クレメア

 まず最初に状況を開始したのは、クレメアだった。




「火を統べる陽魔の王よ、我が声に応えよ、あか驟雨しゅううとなりて大地を穿て――“フレイム・メテオ“!!」




 矢継ぎ早に呪文を唱え、右手を空へかざす。


 瞬間、青空に赤い六芒星方陣が走り、俺めがけて炎の雨が降ってくる。




 上級火属性魔法――“フレイム・メテオ”。


 “フレア・ボール”と同程度の大きさの炎が、もの凄い速度で広範囲にわたって降り注ぐ殲滅級魔法だ。




 普通なら、会場全体が効果範囲に入るところだが、それをステージだけに範囲を絞っているあたり、魔力操作の腕は確かなのだろう。




 だが――一発当たりの威力は大したものでもない。




「“ウォーター・ボム”」




 間髪入れずに、頭上に水属性魔法を放ち、炎の流星を迎撃する。


 水の玉が弾け、炎と混ざり、一瞬で気化した水で視界が白く濁る。


 こんなもの“俺之世界オンリー・ワールド”の魔力障壁を使えば難なく防げるのだが、流石にそれをしてしまうと負けが不自然になるから、ここで見せる気はない。




 が、その余裕が裏目に出てしまう。


 ぞくり、と。背筋を怖気が駆け上る感覚。




「これは!」




 俺は反射的にバックステップで後ろへ飛ぶ。


 刹那、一瞬前に俺がいた場所へ、何かが突き立った。


 白く遮られた視界を鋭く裂いたそれは、五本の炎を纏ったナイフだった。




「っ!」




 俺は“ウィンド・ブロウ”で風を巻き起こし、周囲の煙を払う。




「ちっ。あ~あ、外しちゃったか」




 視界の先で、クレメアが鬱陶しそうに呟く。


 右手を挙げると、地面に突き立った炎のナイフが、彼女の元へ戻って行き、彼女を囲むように浮いていた。




「遠隔操作の無属性魔法を、予めエンチャントしてるってわけか……」


「ご明察。これは私の意志に従って自由自在に動く玩具。攻撃が炎の雨だけとは思わない事ね」




 なるほど。


 “メテオ・フレイム”に紛れて使われたら厄介だ。大量の炎の雨に、五つの遠隔制御ナイフ。


 それらを同時に使いこなし、相手を完全に封殺する。


 それが、彼女の戦い方なのだろう。ただ強力な上級魔法だけで天狗にならない。それプラス、強力な一手を放ってくる。流石は序列一桁だな。




 しかし……妙だ。


 今攻撃してきたのはクレメアだけ。あちらには味方のヨウがいるのに、どうして三度、四度と連携して追撃してこなかったんだろう。




 不意打ちのナイフの後に、ヨウに突進されていたら割とヤバかった。


 と、その疑問のこたえはすぐに明らかになる。




「おいクレメア! テメェ、俺まで巻き込む気か!!」




 ふと、ヨウの怒号が響く。


 彼は身の丈ほどもあるバスターソードを構え、クレメアに突っかかっていた。




「じゃあ聞くけど。あの生意気な後輩だけに攻撃範囲を絞ったら、避けられちゃうでしょ? それでいいわけ?」


「よくねぇが、ステージ全体に範囲攻撃をすんじゃねぇよバカ女! 殺されてぇのか!」


「小さいこと気にするのねヨウくん。だからモテないのよ」


「んなっ! ……大きなお世話だ!」


「どうでもいいけど、ヨウくんが私にあわせてよ。あんたの方が序列上なんだし、どうとでもできるでしょ?」


「んなっ……このアマッ!」




 えーと。何やら痴話喧嘩をしてらっしゃる。


 そのとき、俺は気付いた。




「……この人達、実は相性最悪なんじゃね?」




 一周回って仲の良い、倦怠期の夫婦みたいに見えなくもないが、相性が悪いのは確かだ。


 つまり、連携がとれていない。互いが互いの足を引っ張り合っている。


 考えてみれば、この2人は今まで特別選抜枠の席に手を伸ばす敵同士だったわけだ。俺という共通の敵が現れたから協力しているだけで、元々馬が合わないのだろう。




「俺が決める! テメェは邪魔すんな!」


「ちっ。あんたこそ邪魔しないでよ」




 と、再び炎のナイフが俺めがけて迫ってくる。


 俺は剣を抜き、それを迎え撃つ。


 右から迫るナイフを横薙ぎに払ってはたき落とし、返す刀で左から迫るナイフと切り結ぶ。


 上から迫るナイフは右に飛んで避け、再びナイフと相対する。




 と、そんな俺の横に陰が割り込んだ。


 見やれば、ヨウが巨大なバスターソードを振り上げている。


 そのバスターソードには、底知れない黒い魔力が集っていて――俺の全身が警鐘を鳴らした。




「やべっ!」




 咄嗟に右足を軸に回転して避ける。


 瞬間、振り下ろされたバスターソードがステージを叩き割った。




 ズォン! という凄まじい音とともに、衝撃波が縦一直線に駆け抜ける。


 その威力はまさしく《剛剣》。




「ちいっ、外したか!」




 ヨウは忌々しげに舌打ちしつつ、横に避けた俺に追撃の一手を振るう。


 が、刃が届く前にクレメアのナイフが割り込んだ。


 味方の攻撃にヨウの攻撃があたり、ナイフが横にカッ飛んで行く。




 敵の攻撃がもつれた瞬間に、俺は安全圏まで飛び下がった。




「くそがっ、また邪魔しやがって!」


「私の攻撃の邪魔したのはあんたでしょ!」




 あーあ、また喧嘩をおっぱじめたよこの2人。


 どうでもいいけど、敗北するチャンスをさっさと作ってくれないかな?




 そう思う俺であったが――こちらからは攻撃せず、防戦一方を演じているというのに。肝心の2人の連携がもつれて決定打が入らない。


 しかし、クレメアは炎の流星を絶え間なく降らし、ヨウはもの凄い一撃を何度も何度も放っている。


 既にステージは半壊状態。


 端から見れば2人が俺を押しているように見えるのは必然。




「やれやれー!」「もう少しで切り崩せるぞ!!」


 などという、2人を応援する声が大きくなる。




 そろそろ潮時だろうか?


 想定より連携がとれていないが、まあ概ね計画に支障は無いだろう。


 ヨウの斬撃を避けながら、俺はそんなことを思う。




 あとは、俺がわざと攻撃を受けて……ん?




 そのとき、俺は異変に気付いた。


 あともう少しで切り崩せると、相手だってそろそろ思っているはず。


 なのに、攻撃を放ったヨウの顔が、明らかな焦りに彩られていた。




 プライドを傷つけられたとか、なかなか攻撃が当たらないとか、そういう傲慢な焦り方じゃない。


 もっと別な――例えるなら、自分の人生の進退が決まるテストで、まだ回答が半分も埋まっていないのに試験終了時刻を目前に迎えているような焦り方だ。




 一体、どうしたんだろうか……?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る