第69話 エキシビション・マッチ

 え? 何?


 英雄になってもまだ、期待外れと思わせて退学できないか画策してたのか? だって?


 当たり前だ。俺のニート生活は、何者にも縛られないことを信条とする。


 当然、学校になど束縛されてはならないのだ。




 が、戦々恐々とする俺とは裏腹にヨウとクレメアは不敵に笑い、「逃げるなよ」と言って、先に会場へ向かった。




 噂、というのはものすごい勢いで伝播するものらしい。


 食堂にいた数百人がこの話を聞いていたが、やがて興奮したように騒ぎながら大移動を開始した。




 間もなく学校中に噂が広がるだろう。


 その流れから抜けだし、俺はゆっくりと闘技場へ向かう。




 考えるのは、今後の動きだ。




 序列3位と4位か。


 考えてみれば、《選抜魔剣術大会》に出場する候補者だった2人だ。


 それなりに強い人間だろうとは思っていたが、少なくともあの台風女リーシス先輩より実力は上ということだろう。




 そんな相手を2人同時に相手して、勝ってしまったら後々面倒くさい。


 かといって……




「わざと負けたら、手を抜いたって思われるもんなぁ」




 勲章を得てしまったことで、俺に対する期待は「勇者の弟」という今までのものよりも、格段に跳ね上がっているんだろう。


 それは予測ではなく、実際に肌で感じていることだ。




 知らない生徒に避けられたりしているからな、うん。


 別に悲しくなんかないぞ? ほんとだぞ? ほんとだからな??




 とにかく、皆が俺=強いと、皆が知ってしまっている状態なのだ。


 下手に手を抜いたらすぐにバレる。




 しかし――負けて得られるであろう利益の高さが、俺の目の前でちらついている。


 勝って得られる恩恵は、あの先輩方に今後付きまとわれないことだけ。




 しかし、上手く負ければ、「なあんだ。勇者の実力ってそんなものか。まあでも、序列上位を二人も相手にしてるからね、無理もないか」的な感じで、期待を僅かに下げることには繋がる。




 もちろん、それだけで退学に繋がるとは思えないから、雀の涙ほどの効果でしかないが、塵も積もれば山となる。ゲームのレベル上げと同じで、地道な努力が大事なのだ。




 そして、最大の効果は、俺が《選抜魔剣術大会》に出ることに疑問と疑惑を持つ人を生み出せることだ。


 元々の候補者に負けたとなれば、俺が出場を辞退するための口実になり得る。




 元々「ロータス勲章」を持っているから突っぱねられる可能性もあるが、出たくもない大会に出なくて済むチャンスは、今後そう巡ってこない。


 ならば、ここで仕掛けるとしよう。




 そう思いつつ、俺は円形闘技場へ赴いた。




――




 午後一時半。


 プログラムにある、昼食後の空白の時間。


 その内容を知った観客席が盛り上がっているのが、まだステージへ向かう通路にいるのに、ビリビリと伝わってくる。




「間もなく開始します、本第二闘技場で行われるエキシビション・マッチ! 今回の特別試合はビッグな挑戦者達がぶつかりあいます! Aサイドからは三年Sクラス所属、学内序列3位! 《狂戦士》の異名を持つ剛剣の使い手、ヨウ=バーサク&序列4位! 絶え間ない斬撃を放つ《流星》のクレメア=サテライト!」




 おぉおおおおおお! という歓声が、通路の先から響いてくる。


 うわぁ……盛り上がってんなぁ。


 まったく、何がそんなに楽しみなんだか。エキシビション・マッチなんてご大層なものじゃない。


 これはただのくだらない喧嘩だというのに。




「続いてBサイドからは、本校における超新星! 勇者の弟ということで、当初から話題になっていましたが、編入試験の一件で三年の間ではちょっとした人気者。さらにテロを鎮圧した先の一件で、《英雄》と呼ぶに相応しい活躍を見せてくれた、一年Sクラス、リクス=サーマル!」




 うぉおおおおお! という歓声が上がり、俺はしずしずと舞台へ上がる。


 ステージに上がった俺は、思わず「げぇ~」と呟いた。


 周囲の客席は、満員。


 それどころか、座りきれない人達が階段の辺りで立って応援している始末。


 なんなら、ステージ下に溢れている観客までいる。


 


 


「うぉおおい。明らかに定員オーバーなんですが」




 もう一度言うけど、これただの喧嘩だよ? 定食代500円+αのための。


 それなのにこんな観客が集まるって、なんなんだよ。




 俺ははぁ、とため息をつきつつ、どう立ち回ろうか煮詰めていく。




「嬉しいぜ。大観衆の中でテメェをぶっ潰せるなんてよぉ」


「……(う~ん、負けるにしても、手を抜いたのがバレちゃいけないよな)」


「速攻でテメェをミンチにして、片付けてやるぜ」


「……(とりあえず、防戦一方で、戦いをギリギリまで引き伸ばすか。その上で負ければ文句も出ないだろ)」


「テメェなんぞ、一ひねりで……っておい! さっきから無視してんじゃねぇぞコラァ!!」


「あん?」




 いきなりヨウが大声を上げたので、俺は思わずそっちを見た。


 そういえば何か言っていた気もするが、考え事していて聞いてない。




「あ、ごめん聞いてなかった。もっかい言って」


「て、テメェ……いい性格してんじゃねぇか」


「ちっ。ほんっとにムカつくんだけど、コイツ」




 ヨウとクレメアの眉が、ひくひくと動く。


 目が血走っている辺り、最初から本気で飛ばしてくるようだ。




「さてと。じゃあ……やるか」




 俺は、少しばかり気を引き締める。


 客観的に実力を推し量って、俺の方が二人より強い……と思う。


 俺の考えでは、序列1位の姉さんと、2位のエレン先輩の間には開きがあり、エレン先輩とこの2人の間にはさらに大きな開きがある。




 かといって、舐めてかかるつもりはない。


 格下とわかりきっていたバルダも、なんかよくわかんない薬でパワーアップしたのだ。


 切り札は、相手に隠しているからこその切り札。


 ジャイアント・キリングなんて話は、この世界では珍しくもないらしい。


 だから……負けるために、そこそこ10%くらいの本気で挑むことにしよう、うん。




 舐めてかかるつもりはないと言いながら、頑張るつもりもない俺であった。




 そんな中、遂に。




「それでは――エキシビション・マッチ開幕。試合開始です!」




 実況の女子生徒の高らかな宣言と共に、観客席から洪水のような歓声が沸いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る