第71話 異変
《三人称視点》
(クソッタレがぁ!)
大地をも叩き割る斬撃を放ちながら、ヨウは歯噛みする。
彼は今、焦燥の直中にいた。
「ちょっと、ヨウくん! 好き勝手暴れてくれてるけど、時間は大丈夫なの?」
後ろから、何やら罵声にも似た指摘が飛んで来る。
その指摘に意味を考えているのか、リクスは首を捻るが……今のヨウには、一々そんな仕草を注視する冷静な判断力は無い。
「やかましい! 大きなお世話だ!!」
嘘だ。
ヨウの額には、大量の脂汗が浮かんでいる。
顔色が悪く、息も荒い。
ともすれば、魔力欠乏状態にも見えるが、それとは別の異質な何かが漏れ出している。
(ちぃっ……さっさとコイツを倒さねぇと、もう猶予がねぇ!)
ヨウは、漆黒のバスターソードにより一層の魔力を込め、リクスを責め立てる。
四方八方からリクスに襲いかかっている炎のナイフを蹴散らし、リクスへ追いすがる。
刹那、
ヨウがバスターソードを横薙ぎに払ったのだ。
しかし、リクスは刃が触れる寸前で体勢を低くして、斬撃を躱していた。
たかだか髪の毛の数本を斬っただけだ。
「ちぃっ! 猪口才な!」
苛立つヨウが返す刀で両断しようとするが、既にリクスは剛剣の間合いから一歩遠ざかっている。
追いすがろうと一歩歩めば、今度は味方の“メテオ・フレイム”の絨毯爆撃で、身動きがとれなくなった。
リクスからしてみれば、大振りの一撃など、派手なだけ。
避けることそのものはそこまで難しくないと認識している。
当然、得物が大きければ大きいほど、軌道は読みやすいし、次撃までのタイムラグが大きくなる。
一発当たりの威力と間合いを極めたが故の、
無論、それがわかっていないほどヨウはバカではない。
実際、試合が始まった当初は、時々大振りの一撃にブラフを混ぜたり、魔法で補ったりしてクレバーに立ち回っていた。
しかし、今の彼はただ剣を振り回すだけ。
いや、振り回すことしかできないほど、冷静な思考を欠いているのだ。
(試合開始から、何分経った……? もう仕留めねぇとまずいぞ!!)
ヨウは、ステージを粉々にするほどの超威力の斬撃を、リクスへ飛ばしながら物思う。
いくらバスターソードとはいえ、ただ一撃を振るっただけで、ステージが粉々になるような攻撃はできない。
そもそもこの闘技場のステージは、魔力による表面の保護がなされていて、魔力を流した普通の剣や、中級魔法程度では傷一つ付かないのだ。
それは、クレメアが上級魔法を雨のように降らしていて、ステージが少し焦げただけということからもわかる。
実際、防戦一方を演じているリクスも、《剛剣》の由来となる一撃の威力に舌を巻いていたのだ。
しかし、それだけの威力を誇るということは、当然代償も存在するということ。
ドクン。
突如、激しい動悸に襲われたヨウは膝を突く。
激しく咳き込んで、口からどす黒い粘ついた液体を吐き出した。
「ゲホッゴホッ……バカな、もう10分経ったのか!?」
誤算だ。
こうなる前に決める必要があったのに、決めきれなかった。
リクスを侮っていたわけじゃないが、こっちは情けなくも二対一なのだ。そのアドバンテージを活かせなかったのは大きい。
「よ、ヨウくん!」
「来るな……クレメア!!」
ヨウは、声を振り絞るようにして、クレメアに伝える。
それは威圧と言うより、懇願に近い。
その態度の変化を悟ったのか、クレメアが足を止める。
クレメアを含め、一部の人はヨウのフル戦闘には制限時間が存在することを知っている。
しかし、なぜ10分という制限時間があり、ソレを越えるとどうなるのかは知らない。
それは、ヨウが頑なに制限時間を越えないよう努めていたからだ。
(ダメだ! これ以上は抑えきれない……!)
内側から身体を外に押すような圧力が、ヨウの全身を襲う。
「くそぉっ……!!」
瞬間。
ヨウの身体から、爆発的な魔力の塊が吹き出した。
黒と金が入り交じったような凄まじい魔力の奔流が、大蛇のように周囲にのたうち回る。
粉々のステージがさらに粉砕され、観客席を守る魔力障壁にヒビが入る。
試合会場には突風が吹き荒れ、蹂躙しはじめた。
「ヨウくん!?」
「!」
その異様に、クレメアやリクスは目を剥いた。
魔力回路の暴走。
限界まで酷使した体が悲鳴を上げ、ヨウの毛穴という毛穴から抑えきれなくなった魔力が溢れ出し、暴れ出したのだ。
「ァアアアアアアアア――ッ!!」
ビキビキと割れるような全身の痛みに、ヨウは絶叫を上げる。
こうなった以上、自力で止めることはできない。
10年前、ヨウがたった一度魔力回路の暴走を起こし、王国騎士団が到着するまで止まらなかったときのように。
彼は既に限界の制限時間を越えてしまっている。
今、彼は制御不能の厄災と化し、本人の意志とは関係なく破壊の限りを尽くそうとしていた――
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