第72話 先輩の尻ぬぐい

《リクス視点》




「これは……マズいことになってないか?」




 目の前の光景を目の当たりにした俺は、戦々恐々と呟いた。


 ついさっきまで攻撃から逃げていたのだが、今は立ち止まっている。




 焦ったように見えたヨウが、急に胸を押さえて蹲ったと思ったら、何やらとんでもない勢いで魔力の奔流が四方八方に吹き出した。




「これは……魔力回路の暴走か?」




 初めて見る事例だが、そうとしか考えられない。


 あのバスターソードは、普通では考えられないほどの威力を秘めていた。


 ただ魔力を込めただけで、対魔法コーティングが施されているステージを粉々にできるとは思えない。




 とすると、自身の魔力回路を弄って、グリッチ的な感じの裏技で魔力を増幅し、バスターソードに流していたのだろう。


 だが、そんなことをすれば当然、身体には相当の負荷がかかる。




「たぶん、あの状態を維持できる時間は限られていたんだろうな」




 だからこその、焦燥だったのだ。


 そして、俺が決着を遅らせるために防戦一方を演じていたことが、完全に裏目に出た感じだ。




 もし、俺が早くにわざと負けていればこうならなかっただろうし、本気で潰そうとしていれば、制限時間内に決着が付いていた可能性が高い。


 だからと言って、この暴走を俺のせいだと言い切るつもりはないのだが……




「クソッ」




 俺は思わず毒突く。


 なんとなく、責任の一端は俺にもあるような気がしたからだ。




「よ、ヨウくん!? 一体どうしたの!? 何が起きてるの!?」




 クレメアが叫ぶが、ヨウは答えない。


 血走った目を彼女の方に向けるだけだ。おそらく、何かを返す余力もないのだろう。


 抑え込むことのできない暴走を抑え込もうと必死なのだ。




 その間にも禍々しい魔力の奔流は、巨大な蛇のようにうねり、のたうち回りながら地面を抉る。




 ステージ周囲の魔力障壁にぶつかり、障壁にビシッとヒビが入る。




「お、おい。これヤバいんじゃ……」「うん。逃げた方がいいよね?」




 観客席に座っている生徒達も、異変に気付きざわつき始める。




「き、緊急連絡です! 皆さん、避難を開始してください。運営委員会からの連絡です。予期せぬトラブルが発生したとのことで、速やかに避難を開始してください!」




 不意に、切羽詰まったような司会の女子生徒の声が響き渡る。


 それを皮切りに――一気に会場中に騒ぎが爆発した。




 前回も似たような騒動が起きたため、大きなパニックにはならなかったが――前回と明らかに違う点が一つある。


 今、この場所には1~3年生までのほとんどの生徒が集い、混雑しているということだ。




 必然、なかなか人の波がはけず、避難が滞る。


 


「避難、間に合うのか……?」




 思わずそう呟いた俺の目の前で、のたうち回るだけだった魔力の大蛇が急に動きを止めた。


 と、次の瞬間には一本の魔力の幹に全ての魔力の幹が集い、巨大な一本の魔力の幹を形成する。




 その魔力の幹は、助走を付ける前段階のように、くの字に身体を折り曲げた。


 その幹の先端(大蛇の頭の部分)が、狙いを定める先は――ヒビの入った魔力障壁に守られた、闘技場の出口だ。




 当然、そこには避難する生徒の群れがあって――




「ちょっとヨウくん……何する気!?」


「いや、俺の意志じゃ……ない……グッ、ァアアアア――!」




 喉を火傷したような絶叫を上げるヨウ。


 それを合図に、魔力の幹が、くの字に曲げた胴体をバネにして、一気に生徒達へ向け突進した。




「いや、それは流石にダメだろ! 障壁が耐えられない!」




 瞬間、俺は魔力の塊の進行方向に飛んだ。


 魔力障壁を背に、迫り来るソレを迎え撃つ。




「“俺之世界オンリー・ワールド”!」




 最早、負けるために切り札を隠しておく段階は終わった。


 俺は、俺の持つカードを切る。


 紫電が爆ぜると共に、俺の正面に光の障壁が展開される。




 刹那、魔力の塊が俺の展開した障壁に激突した。




 ガァアアンと大きな音が大気を振るわせる。


 衝突した魔力の塊は勢いの逃げ場を求め、四方八方に散った。




「す、凄い……」「あの魔力の塊を、弾き返しちゃった」「一体何をしたの?」




 逃げていた生徒達は足を止め、俺の方を見る。


 が、正直そんなことに気を回す余裕はない。俺は今、絶賛ブルーな気分なのだ。




「やるしかないよなぁ……こうなった以上は」






 俺は、盛大にため息をついた。


 敵が暴走してしまった。つまり、これは誰かが暴走を止めるまで、半永久的に破壊が続くということである。




 そんなもの勇者である姉さんに任せて、俺はみんなと一緒に避難したいところだ。というか、俺が部外者なら絶対にそうしていた。




 ただ、今回に関しては、戦いを無駄に引き延ばした俺にも非があるような気がする。


 相手が自滅しただけだと言ってしまえばそれまでなのだが……俺は、心配事を残して惰眠をむさぼるのは嫌なのだ。


 なんか、こう、気分的に。




 それに、なんとも間の悪いことに、頼みの綱の姉さんとエレン先輩は、生徒会の仕事でこの場にはいない。




「しゃーない、な」




 どのみちこれを見過ごして、多くの人が大怪我を負いました。なんてことになったら目も当てられない。




 俺は腰に佩いた剣を抜き、魔力を込める。


 それから、再び一本にまとまりかけていた魔力の塊めがけて投擲した。




 ヒュッと風を切る一筋の剣が、魔力の幹の根元を貫き、そのまま地面に突き刺さる。


 まとまりかけていた魔力は、まるで花束の根元の紐を解いたように、はらりとばらけた。


 


「やるか、尻ぬぐい」




 俺は今夜安眠を得るために、少しばかり本気を出すことを決め――その手に赤い残光を纏った漆黒の剣を召喚した。

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