第73話 尻ぬぐいの結末
右手に携えるは、魔剣 《ベルフェゴール》。
「う、嘘!? あれって魔剣!?」「リクスくんも持って生まれたんだ……」「ま、まあ……姉が勇者で聖剣使いなら、ある意味当然かもな」
周囲の生徒達が、驚きと共にそんなことを口走っている。
ちらりとヨウの方を見れば、身体の中からまた新たに魔力が吹き出した。
と、今度は魔力の塊の形が変わる。
今までは、魔力の大蛇と呼べる太さだったが、今度は何本にも裂けて、一本一本が細く鋭く変化する。
それは、さながら黒い触手のようだ。
総勢100を越える魔力の触手が、ぐるりと俺を取り囲む。
一瞬の触発の後、示し合わせたかのように幾条もの魔力の触手が襲いかかってきた。
「“
俺は強化した脚力で、その場から一気に離脱する。
巻き上がる粉塵を貫き、数瞬前俺がいた場所に魔力の触手が突き立った。
その間に、ヨウとの距離を詰める。
が、ヨウの身体からまた新たに触手が出現した。
触手は俺めがけて真正面から一斉に肉薄してくる。
ふと気配を感じて後方に注意を配ると、さっき置き去りにしてきた触手の群れが、俺を追ってきているのが見えた。
前方と後方から挟撃するつもりのようだ。
ヨウの意志とは無関係のはずなのに、なかなか味な真似をするものだ。
俺はギリギリまで引き付けたあと、咄嗟に右へ飛んだ。
必然、加速した触手は急には止まれず、互いにぶつかり合って縺れる。
その隙に再び地面を蹴って、ヨウとの距離を詰めようと駆けだした。
が、再度現れる触手の群れ。
「ちっ! いい加減鬱陶しくなってきたな!!」
こうも連続で攻撃されては、居合いの格好でタメを作る“
というか、そんなもの放ったらヨウを殺してしまう。
と、そのとき。
不意に横合いから炎のナイフが割り込んだ。
その攻撃は、俺の真正面に展開する触手群を切断し、道を作る。
「これは……」
「お願い! ヨウくんを止めて!!」
不意に声が投げかけられ、その方向を見る。
そこには、戸惑う表情を見せながらも、予期せぬ事態と冷静に向きあおうとしているクレメアの姿があった。
「わかってま――」
「す」というタイミングが、なかった。
なぜなら、縺れていた触手が、後方から一気にクレメアを襲い始めたのだ――
「智恵でもあるのか、このミミズは!!」
俺は思わず歯噛みする。
共闘されるなら、まず弱い方から先に潰しておこうという腹づもりなのだろうか?
だとしたら質が悪すぎる。
俺は無理矢理進路を変え、反射的にクレメアの元へ一直線に駆け寄る。
ほぼ突っ込むように走り、クレメアの肩を突き飛ばした。
その数瞬後に、触手がクレメアの頬を掠めていく。彼女は何が起きたかわからなかったというような表情だったが、命の危機であることは察したのだろう。
目を見開いたまま、硬直してしまった。
「やるなら、俺1人でやった方が良さそうだな。ていうか、これちゃんと残業代的なの出るんだろうな! 出さなきゃ校長を一生恨むぞ!!」
半ばヤケクソ気味に叫びつつ、俺は突き飛ばしたクレメアに“
それから俺は、触手の雨が降り注ぐ戦場へと舞い戻った。
空から次々と魔力の触手が降り注ぐ。
それを右へ左へ回避し、時に魔剣で切り払いながら、考えを巡らせる。
「どうせ触手を潰してもまた生えてくる……これを止めるには、ヨウを止めるしかないんだけど……」
一番最初に思いつくのは、魔力が尽きるまで待つこと。
だがこれは現実的じゃない。
厄介なのは、これはヨウの意志とは無関係に魔力を吸って、何十倍にも増幅していることだ。
本人の身体には激痛が走っているだろうが、それは魔力の過剰使用によるものではない。
見た目に似合わず、魔力消費の燃費はいいはずなのだ。
「じゃあもう……つくづく俺の魔剣が《ベルフェゴール》で良かったと思うしかないな!」
足りない頭で思いつくのは、この作戦しかない。
俺は非憎げに笑い、魔剣を構える。
攻撃がくると悟ったのか、触手の群れが一斉に襲いかかってきた。
そのタイミングで、俺は自自身にも“
刹那、世界から俺の鼓動が消える。
まるでろうそくの火を掻き消すがごとく、全員の認識の外へと移動する。
魔力の触手は、目の前で消えた俺に戸惑ったのか、動きを止め――その間に俺は、触手の間をすり抜け、ヨウの背後をとった。
「認識阻害、解除!」
“
触手も俺之気配に気付き、いつの間にか主の背をとっていた俺の方へわらわらと突っ込んで来た。
が、俺はむざむざとやられるつもりなどない。ヨウの背中に魔剣を突き立て、鈍重の効果を起動する。
「“
刹那、ガクンとヨウの身体が傾ぐ。
同時に、触手の動きも遅くなった。
が、俺の狙いはそこではない。
突き立てた魔剣の先端が暴走する魔力回路に触れた瞬間、俺は一点集中で魔力回路に鈍重の呪いを注ぎ込んだ。
“
魔力回路の暴走とは、すなわち魔力回路が焼き切れんばかりの勢いで回転し、臨界点を突破してしまっているということ。
ならば、その回転の勢いを“鈍らせ”、平常時の回転数まで強引に下げるのみ。
動きがとろくなった触手の群れが、身体をくねらせながら俺へと肉薄する。
その間にも、魔力回路の回転数は瞬く間に落ちていき――触手の群れが俺に触れる寸前。
魔力回路の回転数が、平時に戻った。
刹那、バシュゥンッ! と音を立てて、触手の群れがはじけ飛んだ。
弾けた触手の残滓は、金色の粒子となってゆっくりと空から降り注ぐ。
激痛に苛まれていたヨウは、気を失ってその場に倒れていた。
暴走したヨウを止める理不尽極まりないエキシビション・マッチは、最小限の人的被害で幕を閉じることができたのだった。(尚、崩壊したステージの修理費は2000万エーンだと、後で知った)
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