第99話 ファーストラウンド part.d

「ふふ、ふふふ……この時を待っていた」




 リーシス先輩の低く震える声が響く。


 その震えは、待ち焦がれていた展開への期待や興奮ゆえなのか。


 何にせよ。




「さて、今この場には余と貴様の二人きりだ」




 思いっきり数千人単位の観客がひしめく中、そんなものはまるで眼中にないとばかりに彼女は囁く。


 誰が言ったか。




「で、デートだ……」




 まるで世紀末でも目にしたかのような声が、観客席から聞こえてきた。




 リーシス先輩の動きを警戒して、ツッコミを入れるどころではないが、もし余裕があったら全力でこう叫んでいた。


 こんなデートがあってたまるか、と。




 ていうか、戦いがデートって何だよ。


 デートっつったらあれだろ?


 好きな子と手繋いで、バニラ味とチョコ味のアイスクリーム買って、お互い食べ合いっこすることを言うんだろ。




 何がどうしてどうなったら、デート=拳と拳のぶつかり合い、になるんだよ。




「ははは……余はこの瞬間を待ち焦がれていた。貴様と手合わせするあいしあうこの瞬間を!」


「うん、まず脳内変換で変なルビを振るのやめませんか!?」


「ふふ、ふふふ……」




 だめだ、なんか笑い方がどす黒い!


 ただでさえキャラが渋滞してるのに、知らぬ間に、ヤンデレ属性が追加されてませんかね!?




 そんなことを思っていると、シャキンという音が聞こえた。


見れば、リーシス先輩が剣を構えている。


 まるで、夫の浮気現場を見てしまった結婚20年目の奥様が、自暴自棄に陥ってナイフを握っている……みたいなあらぬ想像が浮かんでしまう光景。




「あ、あの……先輩?」




 俺は、単なる強さとはまた別の要因から漂ってくる、もっと精神の深いところに根ざした恐怖にガタガタと震えながら、問いかける。




「や、優しくしてください……痛くしないで」




 立場が逆だったら、いろいろと卑猥に聞こえたかもしれないが、そんなことはどうでもいい。




「大丈夫だ、心配するな」




 リーシス先輩は、剛胆に笑い――その頼りがいのある答えに、俺は一瞬安堵する。


 が――




「貴様なら、どれほど苛烈な愛でも、真正面から受け止めてくれると信じているぞ」


「いやぁあああああああああああ!!??」




 絶叫と同時に、突風が渦を巻く。


 リーシス先輩が、“身体強化ブースト”の魔法を使い、地面を強く蹴った反動だった。


 既に、彼女の身体は剣の間合いまで潜り込んでいる。




 直後、激突があった。


 ギャイィイイン! と、金属と金属がぶつかりあう音が響き渡る。




 流れるように横へ薙いだ彼女の一撃を、俺は咄嗟に剣を引き抜いて受け止めたのだ。


 お互い、魔力を注ぐ以外は、特別な小細工を剣に施していない。


 言うなればこれは、単純な膂力と膂力の打ち合い。


 けれど――




「お、重い……!」




 シンプル故にのし掛かる重圧。


 この圧倒的な膂力こそ、可憐な皇女を一人の戦士として仕立て上げた、序列5位としての力。




「そうか、余の“想い”はそれほどか!」


「いやそんな話は一ミリもしてないけど、あながち間違ってもいないから否定できない!」




 至近距離でいがみ合う二人。


 剣が重圧に耐える度、ギシギシと唸る。


 


 踏ん張るステージにビシリと亀裂が入っていく。


もし床に対衝撃・魔法コーティングが施されていなければ、今頃二人の激突に耐えきれず、粉々に砕け散っていただろう。




「やはり、余の得意分野で攻めても食らい付いてくるか……流石だな!」




 ニヤリとリーシス先輩は笑う。


 自分の得意分野をいなされても、なお嬉しそうに。


 そして――激突は更に加熱していく。

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