第98話 ファーストラウンド part.c

 まったく、なんてこと言ってくれてんだ!


 俺は頭を抱えるが、そんなことを気にしている余裕はなかった。




 ドン! と、リーシス先輩が地面を蹴って駆けだしたからだ。


 残像をもその場に置き去りにする速度で割って入った彼女が、詠唱と共に手にした剣を扇のように振るったからだ。




「風を統べる天魔の王よ、我が声に応えよ、逆巻く風に容赦と罪を与え給え――“ノックアップ・ストーム!」




 轟!


 風が巻き上がる音が響き渡り、彼女を中心にして烈風が渦を巻く。




「くっ!」


「ぬおっ!」




 下から巻き上がる風にふき流され、俺とアダムス先輩は数秒間宙を舞う。


 だが、立ち位置の関係からか、それとも何かしらの魔法を使ったのか、先に体勢を立て直して地面に着地したアダムス先輩は、未だ空中にいる俺めがけて突っ込んで来た。




「はぁあああああああああっ!」




 受ければ確実に剣ごと腕を切られる必殺の剣を携えて。




「ちっ!」




 魔剣 《ベルフェゴール》を使えばどうとでもなるが、ここで使うべきではない。


 この魔剣の特性は“怠惰”。


 つまり、反動は疲労や眠気という形で現れる。




 この試合は確実に勝利するだろうが、次の試合が苦しくなる。


 そして、おそらくあの子は――シエンは、そんな甘えが通用する相手ではない。


 これは憶測だが、ひょっとしたら姉さん以上の実力者かもしれないのだ。




 だが――俺にはあるじゃないか。


 最強の防御魔法が。




「“俺之世界オンリー・ワールド”」




 刹那、俺の周囲に半透明の結界が展開される。


 それは、俺のアイデンティティを俺たらしめる、究極の隔絶用魔法。


 外界からあらゆるものをシャットアウトする、引き篭もりによる引き篭もりのための引き篭もりの魔法。




 まるで子どもを守る卵の殻のようなそれが、水の剣を受け止めた。


 ガキィイイイインッ! と。


 凄まじい音が響く。




 刃の主成分は水のはずなのに、赤い火花が散った。


 高速振動する刃と硬い外郭がぶつかっているせいだろう。




「な、に!? この堅さは、まさか固有魔法――」




 驚きの声を上げるアダムス先輩へ、間髪入れずに攻撃を仕掛ける。


 “俺之世界オンリー・ワールド”の範囲を瞬間的に拡張し、アダムス先輩にたたき付ける。




「ぐっ!」




 くぐもった声を上げ、僅かに体勢を崩すアダムス先輩。


 この機を逃さず俺は結界を解除して、渾身の蹴りを腹に叩き込んだ。




「ぶぐっはっ!」




 肺の空気を全て吐き出され、アダムス先輩の身体は数メートル後方に吹き飛ばされる。


 が、気合いを入れて空中で推し留まった。


 そこは、丁度リーシス先輩が生み出した“ノックアップ・ストームの外周部分。




 猛烈な突風に曝されながらも、空気中の水分に手を食われているのか、器用にその場でホバリングしている。


 そして俺は、彼の背後に近づく影を見た。




「なるほど……とりあえず、チェックメイトですよ、先輩」




 俺は無造作に右手を掲げると、土属性の中級魔法を起動した。


 “ストーン・ハンマー”




 岩のゴツゴツとしたデザインを維持したまま円柱状に切り取った、大人の頭くらいの大きさの岩が三つ生み出され、アダムス先輩へと肉薄し――




 が、アダムス先輩との間にあるノックアップ・ストームの突風に捕まって、明後日の方向へと飛んで行く。




「……ミス、だな」




 アダムス先輩は口の端を歪めて、攻撃に移ろうとする。


 そのときだった。


 


「はぁああああああっ!」




 “ノックアップ・ストーム”を維持しながら、リーシス先輩が彼の背後から襲いかかったのだ。




「ちっ!」




 咄嗟にガードし、攻撃をいなすアダムス先輩。


 そのまま反撃に移ろうとするアダムス先輩だったが――その無防備な横っ腹に、衝撃が弾けた。




「んなっ!」




 アダムス先輩は、目を剥く。


 いつのまにか、彼の無防備な横っ腹に、明後日の方向へ飛んで行ったはずの岩のハンマーが突き刺さっていたからだ。




「リクスの策略に嵌まったようだな」




 リーシス先輩は、小さく呟く。


 俺は、ミスをしたのではない。


 ミスをしたと見せかけて、岩を突風に乗せ、風の外周をぐるりと回る形で、対岸にいるアダムス先輩の死角からたたき付けたのだ。




 三発の岩をもろに喰らったアダムス先輩は、あっさりと意識を刈り取られ、場外へと吹き飛んでいった。


 


 ファーストラウンドは、残り2人だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る