第100話 ファーストラウンド part.e

「はぁああああああ!」



 裂帛の気合いと共に、リーシス先輩は剣を振り抜いた。


 俺の身体がふわりと宙に浮き、数メートル後ろへ吹き飛ばされる。


 間髪入れずに、肉薄してくるリーシス先輩。



「くっ」



 着地と同時に上半身をかがめる。


 腰を落とした俺のすぐ真上で、風切り音が鳴った。


 真正面から特攻してきたリーシス先輩が、突き攻撃を放ったのだ。


 

 空ぶった一撃が虚空を貫く。


 俺は身をかがめるために畳んでいた脚をバネのように使い、リーシス先輩の無防備な腹部へと頭突きを叩き込んだ。



「ぐっ!」



 くぐもった声を上げ、リーシス先輩は一歩後ずさる。


 それと同時に俺も後ろへ飛んで距離を取った。


 身体能力に任せて攻撃してくる脳筋思考相手に、真正面から打ち合うのは愚策だ。別に泣けるとは思わないが、相手の土俵に付き合うよりは、搦め手を使った方が合理的である。



 騎士道だのなんだのと、バカ正直に真正面から打ち合うなんて無駄な体力を使うだけだ。


 相手の死角から一撃でケリを付ける!


 そう思い、俺は“居留守之番人イレース・ガード”を起動する。



 認識だけでなく、世界すら欺く絶対的な認識阻害魔法が発動する。


 この瞬間、俺という存在が世界から消えた。


 移動による風の流れはおろか、呼吸による僅かな大気の乱れすら生み出さず、俺はリーシス先輩の背後へ移動する。



 そのまま、一撃で彼女の意識を刈り取ろうとした、そのときだった。



「……ふむ、捉えた」



 ゾクリ、と背筋を駆け上る感覚。


 偶然ではない。今、この瞬間。振り返ったリーシス先輩の視線は確かに、見えないはずの俺へ向けられていた。



 瞬間、剣閃が翻る。


 銀の残光が弧を描き、真っ直ぐに俺へと肉薄する。


 俺は咄嗟に身を捻ってそれを躱し、一息で間合いの外まで飛び退いた。


 同時に、“居留守之番人イレース・ガード”を解除する。


 なぜ、俺の位置を見破ったのか。


 その疑問に答えるように、リーシス先輩は満足そうに口の端を歪めて呟いた。



見事な権能だ。余の“魔眼”があって尚、すぐ近くに接近されなければ明確な姿形すら捉えられないとは」


「“魔眼”……?」



 俺は訝しむように目を細める。


 そして、思いだした。


 そういえば、そのようなことをアルフが言っていたな。



 自分の持つ“読心の魔眼”は、リーシス先輩ほど優れていない、とかなんとか。

 そのとき言っていた、魔眼の種類は……



「“看破の魔眼”……」


「ほぅ?」



 リーシス先輩は驚いたように目を見開くが、次の瞬間には感心したような顔つきになっていた。



「一瞬で余の権能の種類まで見破るか。底が知れないな」


「あ、いや。見破ったのは別に俺ではなく、別人で――」


「今更謙遜することでもないだろう」


「いや、謙遜とかではなくてですね、マジで俺じゃないっていうか――」


「貴様が見破った通り、余の持つ才能は“看破の魔眼”。あらゆる幻覚・幻術の類いを見破るものだ。もっとも、貴様のその幻術は高度すぎて、ぼんやりとしか位置を把握できないがな」



 うん、ダメだこの人。全然話聞いてくれない!


 俺はもういっそ清々しくなってしまって、訂正するのをやめた。


 それにしても、“居留守之番人イレース・ガード”が通用しないときたか。

 真正面からの攻撃は受け止められる、搦め手の闇討ちも効かない。


 さて、どうするか。



「……どうせなら、



 俺は、即興でリーシス先輩を打ち崩す算段をつけつつ、ゆるりと剣を構えた。



「さて……余に幻術は効かないと知ったところで、デートの続きと行こうか。最も、そろそろ幕引きにしたいがな!!」



 直後、リーシス先輩が地面を蹴って迫り来る。その速度は今までより数段速い。


 次の一合いで勝負が決まる。そんな予感がした。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る