第96話 ファーストラウンド part.a

 まず動いたのは、アダムス先輩だった。


 


 即座に取り出したるは、魔杖まじょう


 自身の持つ魔力を増幅する、魔法使い用のアイテムだ。




 彼は小手調べとでも言うように、魔杖をぐるりと回す。


 その軌道に併せて、10個の“ウォーター・ボム”が生まれた。




 円を描くように空中を漂うそれら水の塊は、アダムス先輩の「いけ」という指示に併せて、一斉に解き放たれた。




 狙うのは、俺とリーシス先輩の両方。


 それぞれ、五つの“ウォーター・ボム”が単純な軌道で襲いかかってくる。




 一瞬、俺はアダムス先輩が血迷ったかとでも思った。


 先手必勝というのはわかる。


 だが、一発目から「試しているだけ」と言わんばかりの初級魔法を撃ってくるだけだった。


 しかも、もの凄く単純な軌道で。




 十個の“ウォーター・ボム”を俺達のどちらかに限定して放っていれば、辛うじて先手必勝は狙えたかもしれない。


 だが、半分まで数を落としてしまったあげく、俺達を同時に狙ってきた。




 奇襲にしては力不足。そして、同時に俺達を敵に回す可能性のある挑発行為だ。


 だから俺は、彼の真意が読めなかったのだが――




「――とりあえず迎撃するか。“ウィンド・ブラスト”」




 俺は中級の風属性魔法をいつも通り無詠唱で発動する。


 風の戦鎚が、勢いよく前方へ向けて放たれる。


 それだけで、迫っていた水の塊は押し返され、俺に近づくことすらできずに爆砕した。




 揺らぐ大気の向こうで、アダムス先輩が僅かに視線を険しくするのが見て取れる。


 と、真横で何かが爆発する音が連続して鳴った。




 リーシス先輩の仕業だった。


 彼女もまた、“ファイア・ボール”を連射して、水の塊を迎撃していたのだ。


 赤と蒼の塊が真正面から衝突し、一瞬で気化した水が膨張した事で、爆発のような音が鳴っていたのだ。




 それをちらりと一瞥したアダムス先輩だったが、逆に言えば一瞥しただけだった。


 


「――“水魔すいまよ、一条に集いて圧縮せよ――”ウォーター・コンプレッション“。空魔くうまよ、強き振動を与えよ――”バイブレーション“」




 何か、二つの詠唱が聞こえた。


 アダムス先輩の目は、俺の方を見ていた。




「っ、来るか!」




 そう確信した瞬間、アダムス先輩が風のように動いた。


 彼我の距離を一瞬で消し飛ばし、アダムス先輩が肉薄する。


 俺は咄嗟に剣を横に構えて防御姿勢をとる――が、即座に剣を引いて、大きく後ろへ飛び下がった。




 理由は単純。


 アダムス先輩の手に、あるものを見たからだ。


 それは、剣だった。




 ただし、杖の周囲を肉付けするように、超高圧の水が取り囲んでいるものだったが。


 アダムス先輩の剣が、一瞬前俺がいた場所の地面を叩く。


 いや、そう表現するのが正しいのかわからない。




 アダムス先輩の剣は、魔法で保護されているはずのステージに、刺さった。


 これがどれほどの切れ味を示すのか、自壊する代わりにパワーを得たヨウの攻撃と比べればわかるだろう。




 あれほどの攻撃力はないが、単位面積あたりの攻撃力はほぼかわらない。


 平たく言えば、攻撃面積こそ狭いものの、安定してヨウ並みの攻撃力を振るえるということである。


 もし俺があのまま剣で受け止めていれば、魔力で補強したとは言え果物のように切られていただろう。




「ふん。いい判断だな」




 アダムス先輩は低い声で言う。




「私のこの剣は、魔杖で増幅した魔力を乗せた水を圧縮して、ウォーターブレードとして作用する。更に、その表面を振動させることで切れ味も増している。半端な剣では受けられんぞ」


「なるほど。魔法特化に見せかけて、近接戦を仕掛けて来るとは思いませんでした」


「抜かせ。異例こそが魔法使いの本領だ。全体的に近接戦が苦手な魔法職が多いとはいえ、オールラウンダーもインファイターも、いくらでもいる」




 自分はどのタイプなのかを言わない当たり、慎重派だなと思った。


 だからこそ、余計に初手の愚行が気になるというもの。




「一つお聞きしますが」


「なんだ」


「なぜ、初手でどちらかに絞って攻撃しなかったんです? しかも、あんな曖昧な攻撃しかしないなんて、俺達を挑発してるだけですよ?」


「あの程度、お前達にとっては挑発にもならないだろう。たかが初級魔法の連射ごときで頭に血が上って標的を絞るような真似はしない。俺は、お前達のことは認めているからな」


「そりゃどうも、ならなんで……」


「わからないのか?」




 アダムス先輩は一呼吸置いて、告げた。




「さっきの攻防で、お前の方が厄介な存在だと思ったからだ」

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