第125話 《道化師》の怒り

「やってくれましたね……!」




 ドンッ!


 何かが、崩れかけた障壁を突き破って、ステージ内に飛び込んできた。


 ステージ上に土埃が立ち昇る。




「なんだ……」




 俺は、背筋に走る悪寒を感じながら、そちらを見る。


 土煙で、佇む人間の陰も見えない。


 しかし、圧倒的な存在感を漂わせていた。




 あまりにも濃密で、莫大な魔力。


 以前、地下研究所で戦ったあの、聖剣のレプリカを持つ怪物よりも、なお凄まじい威圧感。




「一体、誰だ」




 ごくりと唾を飲み込む。


 立ち上る土煙が晴れ、その存在が明らかとなる。




 茜色の髪をうなじで括り、メガネのレンズの向こうで鋭い眼光を放つ、妙齢の女性だった。


 その人物に、見覚えがありすぎて動揺する。




巨乳スイカのお姉さん!?」


「その例えはよくわからないけれど、正解よ坊や」




 その女性――エリスは、忌々しげに吐き捨てた。


 今まで、こんな魔力を感じなかった。まあ、ある程度力のあるヤツは、自分の魔力を隠し通せるものだが。


 それにしても、ここまでとは。




 このタイミングで、彼女が現れる理由。


 憎々しい視線。


 シエンを救っただけなのに、それを目障りと感じていそうな雰囲気。




 そして――暴走は、悪意を持った第三者が仕掛けた者である可能性が濃厚。つまり――


 ぴこーんと、俺の中で全てが繋がった。




「わかったぞ! 裏でシエンを操っていたのは、お前だな!!」


「……そんな当たり前のことを今更得意げに言われても、反応に困るのだけど……」




 エリスは、呆れたように俺を流し見て、頷いて見せた。




「ご明察、とあえて答え合わせしましょう。私の所属する組織の名は《神命の理》」


「しんめい……? ああ、学園で暴れ回ったテロ集団か」


「そう。そして、私はそこの最高幹部、《道化師クラウン》のエリス=ロードフェリス。もうおわかりでしょう? 私達の目的は――」


「シエンを何としても優勝させて、賞金をふんだくろうとしたんだな!?」


「違うわよ」


「え」




 気まずい沈黙が、俺達三人の間に流れる。




「まあ、研究費は必要だったから、それも手に入れるつもりだったけど。一番の目的は、彼女の力を組織のために手に入れること。呪いの治療という名目で彼女を抱き込み、研究材料モルモットとして使役する。そして、《聖剣》と《魔剣》の力を解析し、それを移植した最強の人外戦闘集団を作ろうとしていた! なのに! その悉くを台無しにしやがって!!」




 エリスは激高する。


 怒りと憎しみに呼応するように、彼女の身体から溢れ出る魔力のオーラが濃くなった。




「貴重な研究材料から力を奪い、自然に事を運ぶために必要な、シエンの勝利という芽を摘み、しかも謀ったように!! 私達の計画がメチャクチャだ!! 貴様は絶対に許さない!!」


「いや、最後完全にあんたの八つ当たりだろ?」


「ウルサイ!! これも貴様のせいだ!!」


「理不尽!?」




 俺は小さくため息をつく。


 まあ、知らぬ間に相手の逆鱗に触れてたみたいだが、正味どうだっていい。




「俺だって、お前を許さないよ?」


「はぁ?」




 エリスは、小馬鹿にしたように眉をひそめる。




 俺は、ちらりと横に立つシエンを流し見た。


 なんとなく、黒幕を予想していたのか? それとも、最初から信用していなかったのか。


 彼女に動揺の色はない。しかし、途方もない悪意にあてられて、身体が微かに震えていた。




 俺は、シエンの震える手を握りつつ、エリスを見据える。


 もう俺は、相手を敵として認識している。




 詳しいことはバカだからわからない。


 ただ、一つわかることは。




「あんたはシエンを利用して、弄んだ。こいつの自由を奪う権利なんか、誰にもないんだよ」


「だったら、なんだ?」




 俺は小さく息を吸い込んで、エリスの方を睨みつけた。




「相応の報いを受けてもらう。相手してやるから、全力でかかってこいよ」






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