第49話 マクラの暴走

「あ、いた! リクスくん!」




 思わず足を止めて嵐みたいな女生徒を見送っていると、後ろから見知った声がかけられる。


 振り返ると、そこには肩で息をしているフランとサルム、そしてサリィがいた。




「リクスさん、今リーシス様と話していませんでしたか?」




 肩で息をしながら、フランがそう問いかけてくる。




「リーシス様……って、どちら様?」


「今奥で戦っている、オッドアイの魔法剣士さんです」


「ああ、話してたけど……なんか偉い人なの?」


「はい。本名は、リーシス=ル=メルファント。本校の留学生で、メルファント帝国の第三皇女様です。ちなみに、学内序列5位の強者ですよ」


「は……はぁああああああ!? 皇女ぉおおおおおおおお!?」




 フランの発言を理解した瞬間、俺は素っ頓狂な叫び声を上げてしまっていた。


 


 うっそだろ!? あれが皇女!?


 いやまあ、一人称「余」だったし、なんか偉そうな雰囲気はあったけど……マジで?


 ていうか、コネがあるって言ってたのはそういうことか。隣の国の皇女様なら、大会のルールを変えるだけの権力を持っていても不思議ではない。




 危なかった。あの胡散臭い提案、謹んで断っておいてよかった。


 うっかり了承しようものなら、3つめの特別選抜枠にぶち込まれていたかもしれない。




「まあ……驚いたけど、それは過ぎたことだからいいとして。君達はどうしてここに来たの? さっきまで闘技場にいたはずじゃ……」


「そうなんだけどね。エレン先輩にリクスを追うように頼まれて、こうして追ってきたんだよ。サリィさんとは、その途中で合流したんだ」




 サルムが、心なしか真剣な顔つきで説明してくれた。




 エレン先輩に頼まれて追ってきた? 状況がよく読めないが、僥倖だ。


 捜しものをするのに、人出が多いに越したことはない。




「助かった。俺は今姉さんを探してるんだ。1人じゃどこにいるのかわかんないから、手伝ってくれないか?」


「勇者様を? それが、現状を覆すことになるんですね!」


「あ、ああ。そういうこと」




 どこか尊敬したような眼差しを向けてくるフランに戸惑いつつも、頷き返す。




 姉さんが、副学校長に接触して、俺の退学を阻止しようとするのを阻止する。


 それが、この追い詰められた現状を覆すための唯一の策だ。




「流石リクスくんです。確かに、勇者様のお姉さんがいれば、確実に裏で起きている事態に対処できる。なんて堅実な考え方なんだろう……!」




 何やらフランが独り言でわけのわからないことを言っているが、それにツッコミを入れている暇はない。


 姉さんが副学校長と接触する前に、なんとかしなければ!!




 そう息巻く俺だったが。


 既に姉さんと副学校長が接触し、とんでもない決戦にまで発展している。


 当然、そんなことはつゆほども知らない俺は、3人に向けて勢いよく頭を下げた。




「もう一刻の猶予もないんだ。頼むみんな、力を貸してくれ!」


「もちろん、僕は君に借りがあるからね」


「任せてください。力を合わせて現状を打開しましょう!」


「当たり前ですわ! ワタクシは、リクスさんのお友達なのですから!」




 サルム、フラン、サリィが口々にそう答える。


 かくして、俺達は姉さんを探して動き出したわけだが――




――。




「一体どこにいるんだぁああああああああああ!」




 俺は、耐えきれなくなって叫んでいた。


 あれから20分。敷地内に蔓延る召喚獣の群れを片っ端から切り払いながら、くまなく探したが、どこにも見当たらない。




 流石にもう副学校長には接触してしまったんじゃないだろうか。


 ひょっとしたら、俺を退学させないよう約束を取り付けてしまったかもしれない。


 


「い、いや。まだだ。まだ俺にも勝機はある……!」




 仮に約束を取り付けていたとしても、俺自身が副校長に会って「自分のやらかしたことの責任を取りたい!」と涙ながらに土下座しつつ訴えれば、なんとかなる!




 とりあえず、姉さんを探して阻止するというプランは継続しつつ、手遅れだった場合は副校長に頼み込むことにしよう。


 望みは薄いが、諦めるわけにはいかないのだ。




 俺の目指す楽園……夢のニート生活を実現するために!!




「なあ、マクラ。姉さんの魔力の反応を探せないか?」


『さっきからやってるんだけど、無理そう。ペンダントの中からだと、索敵能力が落ちちゃうから』




 申し訳なさそうにマクラが念話で答える。


 


「じゃあ、外に出ればどうだ?」


『範囲は広がると思うけど、上手くいくかは五分五分だよ。どうする?』


「可能性があるなら、やってくれ。外に出るのを許可する」


『わかった、やってみる!』




 瞬間、首から下げたペンダントが眩く輝く。




「な、なに!? この光」




 側にいたフラン達が、眩しさに目を細める。


 放たれた光が人の形を象り、ライトブルーの髪をサイドポニーテールに括った小柄な少女が現れた。




「よーし、やるぞぉ! マクラちゃんレーダーぁ! びびびびび……」




 おでこに自分の指を当て、目を瞑って何やら不思議な擬音語を唱え始めるマクラ。




「お前、別にそんなポーズとらなくても索敵できるでしょ」


「わかってないね、ご主人様。なんでも、形から入るのが大事なんだよ!」


「あ、さいですか」




 呆れる俺の前で、「うぉーキテます、キチャいます! ビンビン感じちゃいます!」などと叫んでいるマクラさん。


 わかったから早く探してくれ。




「あ、あのリクスくん。その子、誰? 人間……じゃないよね? なんかいきなり現れた気がするんだけど」




 不意に、目を丸くしたフランが震える声で問いかけてきた。




「ん? あー、こいつはまあ、精霊だよ。名前はマクラ。仲良くしてやってくれ」


「えっと……召喚獣というわけではないですわよね? なんだか、自律して動いているように見えますし」




 恐る恐るといった様子で、サリィも質問を投げかけてくる。




「まあ、不思議に思うのもわかるよ。召喚契約をしてるわけでもないし、気まぐれな精霊が俺の言うことを聞いてるのも変だからね」




 俺は頭の後ろを掻きつつ苦笑する。


 まあ、こういう反応になるだだろうなということはわかっていた。




「じゃあ、一体マクラちゃんとリクスの関係は、なんなの?」




 サルムが核心を突く問いかけをしてきた。


 フランとサリィもまた、いつになく真剣な面持ちで俺の答えを待っている。




「う~ん、俺とマクラの関係か……」




 「ご主人様」って呼ばれてるし、主人と従者……ってところだろうか?


 とりあえずそう答えておこうと口を開いた瞬間、マクラが爆弾を放ってきた。




「ご主人様と私は、互いに愛し合う夫婦だよ!」




 ……おいおいおい、ちょっと! なんてこと言ってくれてんだ!


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