第82話 戦う理由(笑)

 9:30までの開会式を終え、30分間の少し長い休憩時間に突入した。


 休憩時間が長い理由は、そこで対戦カードが発表されるからだ。




 この《選抜魔剣術大会》には、ラマンダルス王国、メルファント帝国、そしてワードワイド公国の三カ国の代表である学校。


 ラマンダルス王立英雄学校とメルファント帝国魔法剣士学院、それからワードワイド公立英雄学園が参加している。




 それぞれ代表者8人×3校で24人の若き才能達が覇を競う国家の枠を越えた大会である。




 試合は三校の代表者をランダムにA、Bそれぞれ12人ずつのブロックに分け、それぞれで勝ち抜き戦を行う形式だ。




 そしてAブロックとBブロックで勝ち上がった両名が、最後決勝としてぶつかり合うのである。




 開会式が終わり、休憩に入ると同時に対戦相手の書かれたボードが魔法によって空中に投影される。




「な、なるほど。不肖アリオスの最初の対戦相手はサリィ嬢ですか。これは、運命を感じてしまいますね! サリィ嬢!!」


「全っっっ然感じませんわ」


「あれぇ!?」




 などと盛り上がっている一部知り合いの横を通り過ぎ、俺は控え室へ向かう。




「はぁ……だりぃ。対戦相手とか誰でもいいだろー」




 俺は盛大にため息をつく。


 大会に出場したはいいが、やはり気乗りしない。


 はっきり言うが、武勲だの名誉だの、そんなものはどうだっていい。




 他人からの評価じゃ腹は膨れないし、気も休まらない。


 むしろ、自分から自由を縛るだけだ。


 よって、今回の目標はもちろん。




「一試合目で華麗に負けて、あとは宿でのんびりしよう作戦じゃい!!」




 端から見たら、「お前神聖な大会をなんだと思ってるの?」などと白い目で見られそうな決意を平然と固めながら、俺は控え室に続く広い通路を歩く。


 と、そんな矢先。




「君がリクスくんだよね?」




 不意に後ろから声を投げかけられて振り返ると、そこには深緑色でサラサラヘアの男子が立っていた。


 たぶん大会の出場者だろう。憎たらしいほどのイケメンというのが、なんとも腹が立つ。




「そうだけど。そういう君は」


「僕の名前はアルフ=ローズン。メルファント帝国魔法剣士学院の二年生で、第一試合で君とぶつかる相手さ」


「はあ、さいですか。よろしくお願いします」




 この人が俺に勝つ相手ってことか。


 イケメンなのが癪だが、まあ背に腹は代えられない。今回ばかりはしっかり負けて、自由時間を手にするんだ。




「ふ~ん。君の噂はメルファント帝国まで届いてるよ。なんでも、『ロータス勲章』を史上最年少で授与された期待の新星とか」


「いやーたまたまですよ」


「だろうね」




 とりあえず社交辞令的に答えたら、まさかの首肯された。


 アルフの糸のように細い目が僅かに見開かれ、金色の眼が睨んでくる。




「……僕はこう見えても“読心の魔眼”を持っていてね。ウチの帝国の第三皇女――リーシス様の“看破の魔眼”ほど協力ではないにしろ、ある程度相手の心の色を読み取ることができるんだ」


「はぁ」




 そんな奥の手的な話をわざわざ試合前に伝えるのは、なぜだろうか。


 などと考えていると、俺の心を知ったのかアルフは嘲るように笑って。




「決まっているさ。君の心には闘志がまるでない。どういう理由かは知らないけれど、まるでこの大会に興味がないみたいだ。そんな人間が強いとは思えないな」


「……一概にそうとも言い切れないのでは? 俺が君を出し抜くために、心を偽っているだけかも――」


「それはないね。どれだけ偽ったところで、必ず心の奥底にある本音の色は、僅かに違って僕の目には映る。でも君にはそれがない。表から裏まで、全て怠惰な紺色に染められている。君はこの大会に対する熱意は100%ない。そう断言できるよ」




 なんだこいつ失礼だな。


 自分で認める分にはいいが、他人から決めつけられると腹が立つ。


 まあ、正解だから何も言い返せないのだが。




「それで俺に勝利宣言をしにきたと」


「早い話がそういうこと。君との勝負、楽しみにしてるよ」




 そう言って、アルフは陽気に片手を上げて去って行った。


 その背中が見えなくなると、俺は呟いた。




「あー。最初の試合するのもダルいな」




 俺はそう呟きつつ、控え室へ向かう。




『ご主人様。あのイケ好かなくてメンどい(略してイケメン)ヤツに、本当にわざと負けるつもりなの?』


「うん。さっさと試合に負けて、休みを満喫すれば、きっと曇った気分もリフレッシュできるからね」




 念話で愚痴を言ってきたマクラにそう答える。


 


「お前の気持ちもわかるけど、あいにくとあんな言葉ではこの怠惰が服を着て歩いている俺を夢中にさせるには力不足だ」




 そんなことを言っていたそのとき。




「お、ここにいたか」




 またまた後ろから声をかけられて振り返ると、今度は見知った人物だった。


 メルファント帝国からの留学生だから、厳密にはさっきのイケメン側の学校の人間であるはずなのに、ウチの学校から出場しているややこしい設定の先輩こと、リーシス様だ。




「どうしたんです? 俺に何か用でも?」


「ああ。順当に行けば、貴様とはAブロックの決勝で当たるからな。勝ち上がってくるのを楽しみにしているぞ」


「……はぁ」


「なんだその気の抜けた返事は」


「いや、正直やる気でなくて……一回戦でテキトーに負けようかなと思ってたとこなんですが」




 そう素直に伝えると、リーシス先輩はあからさまに不機嫌そうに眉をよせた。




「困ったな。余は貴様と戦うのをずっと楽しみにしていたんだが。何しろ、他にモチベーションを上げるものがなくてな」


「へー」


「他の面子は、名声を求めているみたいだが、余は皇女だからな。戦うことは好きでも、武勲はいらん。凶暴な女と思われてはお嫁にも行けん」


「ふーん」




 言動の割りに乙女チックな内面をもっていらっしゃる。




「あとは、そうだな。優勝賞金も出るらしいが、これも余は王族だからいらんな」


「はー……うん? ちょっと待ってください。今なんて?」


「? 賞金だよ。優勝すれば、賞金2000万エーンだ」


「んなぁっ!?」




 俺は目を剥いた。


 2000万エーンだと!? これは……もし手に入れば、当分姉のスネを齧るまでもなく遊んで暮らせる!




 据え膳食わぬは男の恥! 微妙に意味が違う気がするが、目の前に金が置かれていて飛びつかないわけがない!!


 


「なんだ貴様。そんなことも知らずに大会に臨んでいたのか。よほど今回の大会に興味が無いようだな。……まあいい。貴様と勝負が出来ないのなら――」


「いえ先輩。俺、先輩と戦いますよ」




 俺はリーシス先輩の言葉を遮って言った。俺の心には、熱い闘志が燃えている。




「なに?」


「覚悟してください。先輩を打ち倒して、必ず2000万……いや、勝利の栄誉を飾ってみせます!!」


「お、おお。なんだかよくわからんが、それなら僥倖だ。楽しみにしているぞリクス!」


「ええ、先輩!」




 俺とリーシス先輩は、がっちりと手を握り合って。




『ご、ご主人様……』




 マクラは1人、ドン引きしたような声を出すのだった。


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