第83話 リクスVSアルフ
《三人称視点》
午前十時。
休憩時間も終わり、遂に始まったAブロック一回戦。
二日間に分けて行われる大規模な大会の一番最初ということもあって、観客は大いに盛り上がっていた。
――唯一、ステージ上に立った彼を除いて。
(ど、どういうことだ……!)
その少年――アルフは細い目を見開いて硬直していた。
彼の目の前――ステージの反対側にはリクスが佇立している。
端から見れば、何一つおかしくない光景。
しかしアルフにとっては、天と地がひっくり返るほどに驚くべき事態だった。
(なぜだ……なぜああもやる気に満ちていている!?)
脂汗が、アルフの額を伝って流れ落ちる。
確かに彼の心の奥底を見た。
心の芯まで怠惰の濃紺に染まりきっていたはずなのだ。それなのに今は――
「どういうことだ? 何をしたんだ、君は」
「ん?」
試合開始が告げられるまでの僅かな間。
絶え間ない観客からの応援を無視して、思わずアルフは問いかけた。
「何をしたとは何のことだ?」
「はぐらかすな! 君は、心の奥底まで紺色に染まりきっていた! そう簡単にここまで情熱の
アルフは吠える。
人の本質とは、そう簡単に変わるものではない。これだけの短時間で、やる気に満ちているのは有り得ないことだ。ならば、考えられるのは――
――「決まっているさ。君の心には闘志がまるでない。どういう理由かは知らないけれど、まるでこの大会に興味がないみたいだ」――
――「……一概にそうとも言い切れないのでは? 俺が君を出し抜くために、心を偽っているだけかも――」――
脳裏に、先刻のやり取りが思い浮かぶ。
(まさか、彼は本当に、僕の魔眼すら完璧に出し抜いて!?)
これもアルフの経験上なかったことだ。
アルフの“読心の魔眼”は、表層心理はおろか深層心理の色をも看破する。
多少精度は悪いものの、人の心の奥底にある本音の色を見落としたことはない。だとしたら。
(目の前にいる男は、本音すら偽っていたっていうのか! そんなの、普通の人間にできるわけが――)
そう思って、気付く。
目の前にいる男は、普通の人間じゃない。
自分よりも年下なのに、『ロータス勲章』を授与した英雄。
勇者の血縁という、天才の肩書きを持つ少年だということに。
「くっ……なるほど。どうやら君を侮っていたようだ。まさか、この大会にやる気がないと見せかけて、こちらの魔眼を出し抜いたことは素直に褒めよう」
「ん? ありがとう……(出し抜いたってなんのことだ)?」
何やらアルフの発言の意図が飲み込めていない様子のリクスへ、アルフは“敵”としての眼差しを向ける。
それは、自分の絶対的な優位点であった
実際には、彼はアルフの魔眼を出し抜いたわけではなく、さりとて人としての本質が短時間で180°変わったわけでもない。
心の芯まで怠惰な人間が、情熱に満ちたイケイケな人間になるなど、それこそ異世界転生でもしないと叶わないだろう。
リクスはただ、怠惰という本質が変わらぬまま、戦う理由(賞金)を見出しただけのこと。
「それでは第一試合――開始してください!」
そのとき、音声拡張魔法によって拡大された音声が、会場中に響き渡る。
一際ワッと上がる歓声が渦を巻き、抜けるような大空へ吸い込まれていく。
「いくぞ!」
瞬間、アルフは地面を蹴った。
“
その速度はまさに迅速。
残像が尾を引き、一筋の流星と化す。
「僕は君に勝って――栄誉を手に入れる! 絶対に負けられないんだ!!」
アルフは腰に佩いた剣を抜き、突進の勢いに任せて突く体勢へと移行する。
並みの人間ならまず避けられない。
いや、目で追うことも難しいだろう。
この大会に出場する権利を得たのは、各国を代表するエリート校の、選りすぐり達だ。
その中の1人、アルフとて「神童」などと、もてはやされるだけの実力はあった。
ただ惜しむらくは、相手が“食う寝る遊ぶ”という人生目標を達成するために本気を出すことを決めてしまった、正真正銘のバケモノであったということか。
「俺にだって、負けられない理由があるんだぁああああああああ!!」
さながら強敵との最終決戦で血まみれになりながら渾身のカウンターを喰らわせる主人公のように、魂から響く声を出しながら、リクスは腰に吊った剣の柄に手を掛ける。
アルフの雷光と見紛う突進攻撃にカウンターを合わせるように、リクスは魔力をありったけに込めた剣を抜いた。
そして、居合い一閃。
全身のバネを使い放たれた
燃える剣は橙の尾を引きながら、アルフの剣を真横から叩き折り、吹き飛ばす。
「なっ!?」
驚愕に目を剥くアルフ。
彼は咄嗟に反撃に移ろうとする。が、その前に、忘れたようにリクスの斬撃の後を追う衝撃波が2人の間を駆け抜けた。
それだけでアルフの身体は宙に浮き、真後ろに吹き飛ばされる。
そのまま十メートル近く宙を漂ったアルフは、ステージにたたき付けられ、何度もバウンドしながら転がっていく。
やがて、ステージの端でようやく止まった彼は――すでに失神していた。
「――しょ、勝負あり!! 一回戦勝者は、ラマンダルス王立英雄学校代表、リクス=サーマル選手!!」
再び燃えあがる歓声の中、俺は半分ほど溶けた剣を鞘に収め、短く礼をしたのだった。
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