第161話 サリィの母

《リクス視点》




「はぁ~いい湯だった」


「そうだね」




 ゆったりと湯船に浸かって汗を流した俺達は、手を扇のようにしてパタパタと扇ぎながら、食堂へ向かう。


 途中、女子風呂から出てきたフラン達4人と合流した。




「あら、リクスさん達も今出たところですの?」


「うん。そっちも」


「ええ、その通りですわ。疲れがばっちりとれて、気分爽快ですの」


「そりゃよかった……ところで、1人だけげんなりしてる人がいるんだけど、気のせいってわけじゃないよな?」




 俺は、気分爽快といった表情のサリィ達に紛れて、フランがぐったりしているのが気になり、聞いてみた。




「なんかそっち騒がしかったし、何かあったのか?」


「い、いえ。特に何もありませんわ!」




 サリィはそう返すが、目は泳いでいるし声は上ずっているしで、なんとも胡散臭い。




「本当に何もなかったの、フラン?」


「……うん、な、何もなかったよ、リクスくん」


「そうか? でも、顔真っ赤だぞ」


「気 の せ い だ か ら 。 ね?」


「お、おう……わかった」




 真顔で迫るフランに気圧され、俺はそれ以上追求するのをやめたのだった。




――。




 そんなこんなで、入浴を終えた俺達は夕食にお呼ばれした。


 ディナーだけあって、メニューも昼食より豪華だった。


 三種野菜とチーズのサラダに、テリーヌが前菜。フィッシュヘッド・シチューのパイ包み焼きに香ばしく焼き上げたパンと続き、メインディッシュは白身魚とエビのフリット。デザートは旬の果実をたっぷり乗せたプリンアラモードと、高級ディナーに相応しい内容だった。




 しかも、味はどれも一級品。


 高級食材の味を最大限まで活かして高めている。流石、伯爵邸に就職するコックは腕利きということなのだろう。


 この味を食べたら、将来コックを目指したいなんて言う人も出てくるかもしれない。




 え、俺?


 俺はもちろん、そんな風には思わない。


 俺は、食事は作る専門ではなく食べる専門だ。なんなら、自動で口に運んでくれる機能もセットでお願いしたい。




 そんなことを考えている内に、デザートを食べ終わり、ぼちぼち帰る運びとなった。


 時刻は午後七時二十分。


 少々、終了時間の予定を過ぎてしまった。




 本来であれば、残業ゼッタイ許さないマンである俺は不機嫌になるところだが、今回は温泉でくつろいで美味しい夕食までご馳走になったので、大目に見ることにしよう。


 大切な友人の家にお呼ばれして、ここまで至れり尽くせりで文句を言うほど、俺はクズではないのだ。




 帰り支度をして玄関に移動し、いざ帰ろうかという頃。


 


「あ、まだいたわ。どうかお待ちになって」




 玄関ホールから続く広い廊下の先。一つの部屋のドアが開き、中から1人の女性が顔を出し、こちらへ早足でやって来た。


 気品溢れる薄桃色のドレスを身に纏い、派手すぎない化粧で彩った美しい女性だ。




 20代後半と言われても信じてしまう若々しさだが、実際はもう少し年上だろう。


 なぜなら、その卓越した気品溢れる姿が、サリィに瓜二つだったからだ。




「お、お母様! 遅いですわ!」




 サリィは、女性の姿を見るなりそう叫んだ。


 やっぱり、母親だったか。


 滑らかな金髪の縦ロールといい、美しい青みがかった翡翠色の瞳といい、何もかもがサリィにそっくりだ。


 ――胸部装甲の厚さだけ、全く違うけど。




 俺は、サリィ母が駆け寄ってくる度に揺れる二つの大きな塊をちら見して、そんなことを思ってしまった。




「ごめんなさい、サリィ。いろいろと忙しかったもので。あなたたちも、ご挨拶ができませんで、本当に申し訳ありません」




 サリィ母は、俺達の前まで来るとそう言った。




「いえいえ、お気になさらず。僕達こそ、一日お世話になっておりましたのに、挨拶ができなくて申し訳ありませんでした」




 サルムが率先して頭を下げる。




「あら、礼儀正しくて素敵ね。もしかして、あなたがリクスくん?」


「いえ、リクスは僕の隣にいる彼ですが……」


「は、はい。俺です」




 不意に出てきた名前に、俺は首を傾げつつ答える。


 すると、サリィ母は「ふ~ん」と意味ありげな声を上げて、何を思ったか俺の方に顔を近づけてきた。

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