第160話 女子風呂の大戦争

《三人称視点》




 リクス達が談笑している頃、女子風呂も大いに盛り上がっていた。




「はひー、疲れましたわ」


「そうだねぇ」




 湯船に肩まで浸かりつつ、サリィとマクラは息を吐いた。


 2人の頬は熱く上気し、雪のように白く艶めかしいうなじを、水滴がこぼれ落ちていく。


 その空間は、どんな宗教画も色褪せて見えるほど、若々しい美を体現していた。




「はわぁ~、こんな広い大浴場で汗を流せるなんて感激です」


「ん。右に同じ」




 そんな2人に向きあうように、身体を洗い終えたフランとシエンが湯船に浸かる。




「ええ、特訓後のお風呂は格別――」




 なぜか途中で言葉を詰まらせたサリィを尻目に、フランはとろけきった表情で相槌を打つ。




「はい、本当に格別です。まさか伯爵様のお屋敷の温泉に浸かれるなんて夢みたいです……って、どうしたんですか? サリィさん?」


「……はっ! 一瞬あまりの大きさに我を忘れていましたわ!」


「え?」




 一瞬、サリィの言うことの意味がわからず首を傾げるフランだったが、サリィの目が自分の胸元に向けられているのを感じ、咄嗟に腕で胸元を隠した。




「ちょ、ちょっとサリィちゃん!?」


「申し訳ありませんわ……でも、これは仕方ないと言うか、なんというか……自然に視線が吸い寄せられてしまいますの」


「うん。大きいと浮くって、本当なんだね」


「マクラさんまで……は、恥ずかしいのでやめてください」




 フランは頑張って胸を隠そうとするが、ほっそりとした腕では全てを隠しきれていない。




「はぁ~、なんだか自分に自信がなくなってしまいますわ。同い年でこの差はなんですの?」




 サリィは、自身の胸元に手を当て、ガックリと肩を落とす。




「サリィちゃんはまだいいじゃん。私なんてもう数百年生きてるのに、ぜんっっっぜん成長期が来ないんだもん」


「そ、それは……同情しますわ」




 頬を膨らませて抗議するマクラに、流石のサリィもそう答えざるを得なかった。


 精霊として長い時を生きてきて、見た目年齢が十二歳というのは、いろいろ思う所があるのだろう。




「ん。でもフランの大きさは反則。ちょっと欲張りすぎ」


「し、シエンさんまでぇ……胸なんて、所詮は脂肪の塊だよ? それに、大きくても肩が凝るばかりで良いことないし」


「それは持ってるヤツの感想ですわ」


「持つ者に、持たざる者の苦悩はわからない」


「ん。隣の芝は青いってよく言う」




 三者、完全に一致した意見で畳みかけられたことで、フランは「そんなぁ」と項垂れるのだった。




「ていうか、フランさんのインパクトが強くて気付きませんでしたが、シエンさんも思いの外ありますのね」


「ほんとだ。身体細いのに……もしかして、着痩せするタイプ?」


「さあ。普通くらいだと思う」




 そう答えたシエンは、自身の胸元に視線を落とす。


 フランやエルザほどではないが、胸元はそれなりに女性らしい膨らみのラインを描いていた。




「うぐっ……シエンさんで普通なら、ワタクシは……くっ! 負けませんわ! こんなことで挫けるワタクシではありませんの!」




 サリィは覚悟を胸に、勢いよく立ち上がる。


 湯船に波が立ち、水しぶきが周囲に飛び散るのをいとわず、サリィは力強く拳を握りしめた。




「必ず、新しい自分に生まれ変わって見せますわ!」


「……人それぞれ、魅力があると思うんだけどな」




 ぼそりと呟くシエンだったが、その声は興奮したサリィの耳には届かない。




「そうと決まれば、理想を頭にインプットしなければ……そのためには、触れて確かめるのが手っ取り早い! というわけで……」


「え……ちょ、何するつもりサリィちゃん。手をわきわきさせて、まさか……!」


「そのまさかですわフランさん! 理想の形と柔らかさを、ワタクシがこの手でぇえええええええ!!」




 ――その後の展開は、語るまでもない。


 夕方の浴室は、カオスに包まれたのであった。


 


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