第159話 友と赤裸々に
温泉の広さは、流石伯爵邸と言うべきだろうか。
前回泊まった一流ホテルの浴場に負けずとも劣らない内装と広さだった。
むしろ、露天風呂がない分豪華な造りになっている印象を受ける。
俺とサルムは身体を洗い、軽くかけ湯をしたあと、なみなみとお湯が張ってある浴槽に浸った。
「ふぃ~」
「ははは。気持ちよさそうな声出すね」
思わず口から声が漏れてしまった俺を見て、サルムが苦笑した。
「そりゃまあ……身体動かした後の温泉は気持ちいいからね。……なんか、めちゃめちゃ眠くなってきた」
「そうだね。でも、湯船に浸かったまま寝ちゃだめだからね? 溺れちゃうよ」
「ぶくぶくぶくぶく……」
「って、もう寝てる!? しかも窒息寸前!?」
意識が飛びかけてお湯の中に沈んでいた俺を、慌てて引き起こすサルム。
「ぷはーっ。あぶね、危うく向こう岸に行き着くところだった」
「し、洒落にならないからやめて……」
冷や汗を流すサルムに、「悪い悪い」と苦笑しつつ謝る。
「でも、本当にリクスって変わってるよね」
「え、なにそれ変人てこと? 喧嘩売ってる?」
「違う違う。そういう意味じゃなくて……不思議な魅力のあるやつだなと思って」
マイルドに言い換えただけで、結局変人なのでは? と思ってしまったが、本人は悪気無さそうなので、ここはスルーする。
「不思議な魅力って、たとえば?」
「うーん。浴槽で寝ちゃうくらい、どこか抜けてる部分があって、しょっちゅう遅刻したり居眠りしたり、とにかくのんびりしていて可愛いなって」
うん。
やっぱこいつ、俺のことバカにしてるだろ。
なんか半笑いで話してるし。
いや、普段から怠惰で頭の回転が遅い俺が全面的に悪いから、文句は言えないのだけれども。
「でも……普段はいつものんびりしているのに、大切なことは決して見落とさないとこがカッコいいと思うんだよね」
「?」
急に真面目なトーンの声になったことで、俺は思わず首を回してサルムを見た。
湯船に目線を落としながら語る彼の横顔は、真剣そのものだった。
「編入試験で僕が先輩にいたぶられたときも、本気で怒ってくれて……サリィさんのときもそう。誰かのために自分のポリシーを簡単に捨てられる。そんな強さに、僕や妹は守られてきた」
「それは、過大評価が過ぎると思うけど……」
「いいや、そんなことはないさ」
サルムは一切茶化すことなく、言葉を続けた。
「君は間違いなく英雄だ。勲章とか、そんなちゃちな称号に関係なく、うちの学校の誰よりも英雄に近い人だ。僕は君を尊敬してる。君のような人に、なりたいと思ってる」
「……遅刻魔になりたいってこと?」
「ごめん、そこは別に尊敬してない」
「で、ですよねー」
冗談のつもりで言ったら、全力で首を横に振られた。
「でも、そんな風に思われてたなんて意外だな。まさか、正面切って尊敬してるとか言われると思わなかったし」
「まあ、普段は恥ずかしくて言えないだろうね。ほら、裸の付き合いって言うじゃん。こういう場でしか、赤裸々に胸の内を語れないと思って」
「そっか。じゃあ、俺も一つ恥ずかしいこと言おっかな」
「僕の妹が可愛いってこと?」
「そうそう。あと胸も大き――って、何を言わせんじゃコラァ!」
俺は手で水鉄砲を作り、サルムの顔面に噴射した。
「わっ、ごめんごめん!」
「まったく……」
俺は小さくため息をついて。
「俺も、君と友達になれて良かったと思ってる」
「! それは……正面切って言われると、なんだか恥ずかしいな」
サルムは照れたように笑った。
「あーなんか、熱いね」
「だな。のぼせたかな」
「僕、窓開けるね」
サルムは手でパタパタと仰ぎながら、浴槽から上がって曇りガラスの方に近寄って行く。
そして、鍵を外して窓を開けた。
とたん、熱気を僅かに孕んだ風が、浴室に流れ込んでくる。夏の風と言っても、浴室の熱気に比べれば涼しい。
心地良い風が頬をくすぐり、火照った顔を覚ましていく。
と同時に、何か楽しそうな話し声が聞こえてきた。
どうやら、壁を挟んで隣にいるフラン達のようだ。たぶん、あっちも盛り上がってるんだな。
そんなことを思いながら、俺は温泉を堪能した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます