第158話 特訓後の骨休め

《リクス視点》




 そんなこんなで、サリィとの特訓は一時間あまり続いた。


 流石に天性の才能に恵まれていると言っていいだろう。ほんの一時間で二回に一回は成功するようになった。




 ちなみに、フランとサルムの特訓は、個人でのが中心となった。


 もちろん、俺が模擬戦に付き合う時間もあったが。


 


 そうして実技試験の対策をしていると、時間というのはあっという間に過ぎていくもので――




「もう夕方ですわね」




 泥と汗で汚れた頬を拭いながら、俺と対峙していたサリィが呟いた。


 釣られて俺も空を見ると、あれだけジリジリと鬱陶しかった真上の陽光が、地平線の上に乗っかってオレンジ色の輝きを放っている。




 時刻は午後五時半を回った頃。


 解散は七時だから、もうそろそろ切り上げるべき時間だろう。


 そんなことを思っていると、サリィの方も同じ事を考えていたらしい。




「そろそろお開きにしましょう。夕食の準備がそろそろできる頃かと思いますので、皆さんお風呂で汗を流してから食堂に集まってくださいな」


「え? 夕食もご馳走になっていいんですか?」




 夕食という言葉に反応したフランが、興奮気味に尋ねる。


 どうやら、昼食のあまりの美味しさに餌付けされたらしい。


 まるでご主人様からのご飯を待って尻尾を振っている子犬に見えて――おっと危ない。


 フランに犬耳と尻尾がついて、尻尾をふりふりしている姿を想像したら、可愛さと背徳感で死ぬところだった。


 


 頭の中に湧いたイメージを咄嗟に払拭する。




「ええ、もちろんですわ。コック長が腕によりをかけて作っていますわ。美味しく食べるためにも、汗を流してスッキリする必要があると思いますの。来客用の温泉がありますから、そこでくつろいでくださいな」


「えぇ!? 温泉まであるんですか!?」




 フランは更に目をキラキラさせて、サリィににじり寄る。


 だからその仕草されると、飼い主に懐く子犬に見えて、なんかちょっと萌え死にそうだからやめてくれぇ!




「ありますわよ。と言っても、一流ホテルにある露天風呂のような洒落たものではございませんが」


「それでも豪華すぎます! 私、サリィさんの友人で本当によかったです! 幸せものです!」


「なっ……そ、それはワタクシも同じで……というか、小っ恥ずかしいことを叫ばないでくださいまし!」




 サリィは慌てたように距離を取るが、耳は先の方まで真っ赤だ。




「このチョロさ……将来悪い男に騙されそうで怖いが、俺が心配する所じゃないな。サリィならきっと、誠実で真面目で勤勉な人を好きになるだろうし」


「え……」




 1人で納得していると、サリィが「こいつマジで言ってんの?」という視線を向けてきた。




「どうした?」


「いや……たぶんだけどサリィさんが今好きになっている男は、不誠実で不真面目で、怠惰な人間だよ」


「なに!? なんでそんなヤツを好きになったんだ。てか誰だソイツ! そんなクソ野郎は俺が粛正してやる!!」


「…………」


「……あのー、マクラさん? どうしてそんな生ゴミを見るような目で俺を見ているのでしょうか?」


「別に。ある意味清々しいなと思っただけ」


「?」




 意図のくみ取れないマクラの発言に、俺は首を傾げるのだった。




――。




 かくして、俺達は温泉へ向かった。


 いつかのホテルのように、何故か閾しきいが取り払われて、女湯と繋がっている――なんてことはなく、普通に男女別に分かれた室内温泉だった。




 ――いくら思春期だからと言って、ちょっとだけ残念に思ったとか、決してそんな節操のないことは思ってない。


 ほんとだぞ? ほんとだからな?




 とにかく、サリィとフラン、シエン。


 俺とサルムに別れて、伯爵邸の温泉タイムへと洒落込んだ。


 


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