第162話 サリィのお家事情

「あなたがリクスくんねぇ~」




 サリィ母の顔が近づく。


 彼女がつけている香水のせいだろうか。フローラルな香りが鼻腔をくすぐる。




「そ、そうですけど……俺が何か?」


「不躾に見てしまってごめんなさい。でも、一度しっかりご挨拶したかったの。だって、娘がいつも、あなたのことを嬉しそうに話すんですもの」


「はぁ……」




 俺は、曖昧に頷くことしか出来ない。


 が、そんな俺とは対照的に。




「お、おおお、お母様!? ななな、何を言って!?」




 顔を真っ赤にして、あたふたとしているサリィ。


 よくわからないが、気が気ではないと言った雰囲気だった。




「あら、いつもの様子を語っただけなのに、何がいけないのかしら?」


「全部ですわ! それに、いいい、いつもというわけではないでしょう?」


「それはそうでしょうけれど……あ、でも、メイドのアイサからも、あなたがリクスくんの話をよくしていると伺っているけれど?」


「うわぁあああああああああ! アイサのヤツ、ゼッタイに許しませんわぁああああああ!」




 サリィは頭を抑えて、その場に蹲ってしまった。


 側から見ている俺にはさっぱり事情がわからないけれど、相当HPが削られたみたいだ。




「そうそう。ご挨拶が遅れてしまいました。ワタクシはミリス=ルーグレット。サリィの母親です。娘がいつもお世話になっています」




 そう言って、ミリスさんは挨拶をしてくれた。


 貴族であり、ここは正式なパーティーの場ではないからか、特に頭を下げての挨拶はしない。


 だから、ただ艶然と微笑んだだけなのに、放たれる圧倒的なオーラを受けてしまい、俺達は無意識に頭を上げていた。




「どうも。サリィの友人のリクス=サーマルです」


「サルム=ホーエンスです」


「フランシェスカ=ホーエンス、です」


「……シエン=マスカーク……です」


「マクラって言います」




 俺達が自己紹介を終えると、相変わらずミリスさんは聖母のような微笑みを浮かべたままで、




「またいらしてくださいね。娘が、友人を連れてくるのなんて初めてなので」




 そう、滑らかな口調で述べた。




「あの、お母様。そう言えばお父様は? 執務が終わったら、見送りには来るはずではなかったんですの?」


「ああ、それなんだけどね。実は、も来るって話をしたら、「娘はまだ誰にも渡さん!」って張り切っちゃって……」




 ミリスさんは苦笑しつつ答え、なぜか俺の方を見た。




「も、もう……お父様ったら! これは縁談の訪問ではありませんのに!」




 サリィだけが、再び恥ずかしそうに顔を両手で押さえて呻いている。


 以前聞いた話だが、サリィは伯爵家という上級貴族の生まれで、しかも貴族にはめっぽう珍しく一人っ子だ。


 つまり、将来家を継ぐのは、彼女だと決まっているのである。




 それ故に、逆玉狙いの入り婿達が多く殺到しているらしく、縁談に悩まされているらしいのだ。


 親バカと名高いルーグレット伯爵家の当主であるサリィの実父は、サリィの伴侶に相応しくないと判断した男との縁談は、片っ端から蹴っているのである。




 自由に恋をしたいお年頃のサリィからすれば、余計な縁談を蹴落としてくれるありがたい存在である反面、好きになった人との恋愛のハードルも上げてしまう諸刃の剣なのだ。


 


 そりゃまあ、貴族だと自由な婚姻はできないだろうから、ある程度のしがらみはあって然るべきなんだろうけど……そのしがらみが大きいのも考え物である。


 サリィも大変だなと、少し同情した。




 ところで、なんで俺達が来ただけで縁談の話になるのか、さっぱり意味がわからないが……まあ、お父様とやらにはいろいろ考えがあるんだろう。




「とにかく、そういうわけで夫は顔を出さないけれど、勘弁してくださいね。ワタクシとしましては、いつ来ていただいても構いませんので、是非娘と仲良くしてあげてください」




 そう言って、ミリスは微笑む。




「今日は楽しかったですわ。また明日から、よろしくお願いしますわね」




 ようやくダウンから復活したサリィも、よろよろと立ち上がって俺達を見まわして言ったのだった。




 ――かくして、日曜日のサリィ宅での勉強会は終わりを告げ、解散の運びとなったのである。


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