第134話 弟への評価

《三人称視点》




「ほう? 勇者が直々にお相手をしてくれるとは、感激ですね」




 初老の男は、顎髭を撫でながら目を細める。




「ですが、これでも私は組織を代表する幹部。そう易々と倒せる相手では――」




 刹那、初老の男の視界の端を、赤い斬撃が駆け抜けた。


 目を見開くより先に、違和感が男を襲う。


 自身の左側が、妙に軽い。




(っ!?)




 ようやく意識が追いついた男は、左側に視線を移す。


 すると、肩から切り離された左腕が宙を舞っていた。毎日欠かさず鍛えていた自慢の筋肉をもつ腕が、あまりにもあっさりと斬り飛ばされた。


 エルザが無造作に振るった、飛ぶ斬撃によって。




「ぐっ……ぁあああああああああ!?」




 遅れて肩に駆け巡る痛みに顔を歪めて絶叫し、噴水のように鮮血が吹き出す切り口を、右腕で押さえる。




(な、なん……いま何かが起きた!? まるで攻撃が見えなかった!)


「どうしたのぉ? まさか、この程度でビビってる……なんてことはないわよねぇ?」


「っ!」




 男はビクリと肩を振るわせる。


 剣士にはあまりにも似合わない、美しい女性。


 むしろ、貴族のパーティで皆からダンスを求められる、高嶺の花の方が相応しい容姿。


 だからこそ、言える。




 ひたすら冷たい、氷点下の炎のような赤い瞳に睨まれる、恐怖。


 基本的に人を信用せず、悪事を働く者には一切の容赦が無い、情になびかぬ「凪の勇者」。




 ここで、男は悟る。


 《神命の理》の幹部に任命されて浮かれていたが、世の中上には上がいる。


 自分のような矮小なるゴロツキのリーダーと、王国が飼っている番犬では、根本的に格が違うということに。




「お、おのれぇええええええええ!!」




 当初の余裕など最早ない。


 差し違えてでも一撃加えようと、男は自暴自棄になって突進する。




「哀れねぇ」




 エルザは小さく呟いて、聖剣を振り抜いた。




――。


 


「これで終わりよぉ」




 エルザは、聖剣の表面に炎を這わせ、付着した血糊を蒸発させる。


 そんな彼女の目前には、致命傷を負い、命の灯火が消えかかっている初老の男が横たわっていた。




「強さから見るに、あなたがこの研究所の代表者ねぇ。この研究所は王国の諜報部が摂取して、《神命の理》との関係をあらわせてもらうわぁ」


「はぁ、はぁ……無駄、ですよ」




 男は、息も絶え絶えに答えた。




「この研究所は、所詮替えの効く捨て駒の一つ。大した情報はありません。ここが潰れようと、計画は別の研究所に移される。今頃、中核となる少女は《道化師クラウン》の手に落ちているでしょう」


「……」


「あなた達は、こんな場所を攻めている場合じゃなかった。今頃はもう……」


「残念だけれど、そうはならないでしょうねぇ」


「なに?」




 予想していた反応と違ったことに訝しみ、男は問い返す。




「貴方たちの狙いは、聖剣と魔剣を体内に宿す少女でしょう?」


「なっ……!」


「そう驚くことないでしょう? 私達だって、貴方たちに踊らせられっぱなしな無能ではないわぁ」


「そんな、いやしかし……ではどうして、騎士団長と勇者という最大戦力がここに投入されている!? 生半可な強さでは、あの御方の計画は阻止できないのに」


「計画に気付いたのはつい数時間前。私はそれを阻止しようと、転移魔法でそこへ移動しようとしたのだけど、やめたのよ。その《道化師クラウン》とやらの暗躍している場所には、がいるから」


「ゲホッゴホッ……か、れ?」




 息も絶え絶えに、男は表情を歪めて聞き返す。


 そんな男に、彼女は甘いと息を吐いて答えた。




「私の知る中で、もっとも強い魔法剣士よぉ。彼は何が起きているか、全く気付いていないだろうけど、それでも彼はその少女を貴方たちから守り抜く。そういう男よぉ、あれは。ダルいとか眠いとか、普段怠惰でなんの頼りにもならない癖に、誰かが泣いていればそれだけでできる。そういうヒーローだもの」




 エルザは爽やかに笑い、




「あなた達の計画は、私達も知らないうちに阻止されているわ。だから、安心して眠りなさいな」


「ばかな、ばかなばかなばかな……!」




 男は、微かに首を振るう。


 ありえない。あの狡猾で用心深い上司が負ける姿など想像できない。


 しかし――彼女の言葉を受け入れてしまった。この、隔絶した力を持つ女が、自分のことすら棚に上げて心酔する者がいる。


 もしそんなヤツがいたのなら――




「……くそったれ、が……」




 男は小さく呟き、そして力尽きた。




 ――その少し後、メルファント帝国に潜入していた諜報員から、エルザ達にメッセージが届く。


 いわく、リクス=サーマルが、シエンを保護し、《道化師クラウン》を討ち取った、と。




(もう、本格的に勇者の地位を明け渡しちゃおうかしら)




 などと、本気で考えるエルザなのであった。

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