姉(勇者)の威光を借りてニート生活を送るつもりだったのに、姉より強いのがバレて英雄になったんだが!?~穀潰し生活のための奮闘が、なぜか賞賛される流れになった件~

果 一

第一章 英雄(不本意)の誕生編

第1話 姉さんが俺の輝かしい未来を一緒に背負ってくれない

「リクスちゃん。大事な話があるんだけどぉ」


「なに? 姉さん」




 俺は、食卓に並んだ豪華な食事にありつきながら、姉のエルザの顔を見た。




 俺の名はリクス=サーマル。


 年齢は16。


 職業は自宅警備員。将来の夢は穀潰しだ。




 端から見れば、白い目で見られそうだが、俺には堂々とそう宣言できるだけの実績がある。


 そう。姉という名の、輝かしい実績が。




 二つ上の姉、エルザ=サーマルは若くしてこのラマンダルス王国の勇者だ。


 その強さは、言うまでもなく王国騎士団の団長を唸らせるほど。


 国営の最難関英雄学校の生徒会長も務めており、容姿も端麗。雪のように白くサラサラの長い髪を持ち、情熱を孕んだ紅玉色の瞳に見つめられれば、誰しも胸が高鳴るだろう。噂では、一日三回は告られているのだとか。




 まさしく才色兼備で完全無欠。


 いろんな意味で将来を約束された、完璧超人なのである。




 そんな姉を持ったのだ。


 俺のように平凡で、誰かの役に立ちたいとかいう優れた思想も持たないヤツは、社会の役に立つとは考えられない。




 という建前を前面に押し出して、全力で姉のすねをかじって生きることを決意しているのである。


 本来なら魔法学校なり魔法剣士学園なりに通っている年頃だが、今の俺は自宅警備員という崇高な職業に就いている。だから、学校に行く必要は無いのだ。




 今日も今日とて、温かい野菜スープを啜りながら、俺なんかとは住む世界の違う姉さんの話とやらに耳を傾ける――




「私の通う英雄学校の編入試験、リクスちゃんの名前で登録しておいたからぁ」




 ブーッ!


 俺は、スープを吹き零した。




「は!? ちょ、えっ!? 姉さん、それマジ?」


「大マジよぉ?」


「なんで!」


「だってぇ。リクスちゃん、来る日も来る日も部屋に籠もって、寝るかゲームするかしか、してないじゃない。私、ちゃんと学校に行ってお勉強した方がいいと思うのよねぇ」




 姉さんは、至極当然のことを言った。


 


「いや、でも俺には大事な研究があって……」


「たとえば?」


「ひ、人は連続でどれくらい寝られるのかとか、何時間ぶっ続けでゲームできるかとか? それを俺の身体で実験して、結果を論文にまとめて魔法学会に送ろうと思ってるんだ!」




 俺は早口で答えた。


 大丈夫だ。筋は通ってる。


 問題があるとすれば、そんな論文を、1文字も書いていないことだけだ。




「……そう」




 姉さんは、ぼそりと呟いて俯く。


 


「そうそう。大体あれだよ! 学費は姉さんの稼いだ分から払うんでしょ? そんなことに使うんだったら、俺を養うために使っ――」




 そこで俺の言葉が途絶えた。


 ギュンッ!


 鋭い音が、俺の耳元を過ぎる。


 と同時に後方でもの凄い音が響き渡る。


 遅れて、俺の頬に微かな痛みが走った。




「え?」




 俺は、恐る恐る後ろを振り返る。


 食卓の後ろにある壁に、そのまた奥にある部屋の壁。その奥の奥の奥まで。


 無駄に広い我が家の部屋を隔てる壁がことごとく粉砕されており、一番奥の俺の聖域へやまで届いていた。




 そして、姉さんの手にはいつの間にか、炎で象られた剣が握られている。


 赤く輝くそれは、聖剣 《火天使剣ミカエル》と言うらしい。


 その剣を一振りしただけで、風圧が俺の頬を切り裂き、壁を塵一つ残さず焼き尽くしたのだ。




「な、なぁっ!?」




 開いた口が塞がらない俺の前まで歩いてきて、姉さんはゆっくりと言葉を口にする。




「二度は言わないわ。私、学校でお勉強した方が、リクスちゃんのためにもなると思うのよねぇ?」




 にっこりと微笑んでいるが、その目は笑っていない。


 俺はただ、コクコクと頷くことしかできなかった。




「じゃあ、編入試験受けてくれるのね?」


「まあ……はい」


「そう、ならいいわぁ」




 姉さんの纏う空気が、ふっと和らぐ。


 俺は、ほっと胸をなで下ろす。


 仕方ない。とりあえず今は受けると答えておくとして、後で身の振り方を考えよう。


 そう思ったのも束の間。




「それじゃあ、編入試験は明日だから。寝坊しないようにねぇ」


「……はぁ!?」




 俺は思わず、大声を上げてしまった。




「いやいやいやいや、唐突すぎだって! いくら姉さんでもそれは横暴だよ! この話はなかったことに――」




 轟っ!




 刹那、紅炎が姉さんの持つ聖剣から放たれる。


 その炎よりも真っ赤な美しい瞳が、俺を睨みつけた。




「何 か 言 っ た か し ら ?」


「いえ。何も言ってないです」




 理不尽な。


 俺はそう思いながら、諦めて「降参」とばかりに両手を挙げる。


 


 満足そうに頷きながら、聖剣を解除する姉さん。


 この日、俺の「目指せ! 穀潰しプロジェクト」の壮大なる計画は、潰えたのである。

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