第93話 設定過多の皇女様

《リクス視点》




 ――遂にやって来る大会二日目。


 


 俺は、珍しく早朝に目が覚めた。


 早朝故にうっすらと青白い光を宿した天井が、視界に入る。




 なぜ、夜が明けきっていない、こんな早くに目が覚めたのか。


 それが、おそらく彼女のことが気にかかっているからだと気付くのに、そう時間はかからなかった。




 ああ、言っておくが、昨日の混浴が頭から離れず悶々としていたわけではない。


 ……たぶん。




 なんとなく、彼女に感じた矛盾がひっかかっていたのだ。 


 無表情は、こんな戦いにも興味はないと語っていた。それどころか、この世界にすらも未練がないように思えた。


 なのに、絶対に優勝するという熱意があった。




 その不自然さが、胸の奥にこびりついて離れないのだ。




「……まあ、戦ってみればわかるか」




 俺は小さくため息をついて、掛け布団を押しのけるように起き上がった。


 なんとなく、二度寝をする気にはなれなかったのだ。




 俺は寝間着から黒のコートに着替え、清潔魔法で顔を洗ってから部屋を後にする。


 誰もいない広い廊下というのも、妙に薄気味悪いものだ。


 下手したら深夜よりも、こういう時間帯の方が怖いまである。




 特に行く当てもなく廊下を彷徨っていると、どこからか轟々という音が聞こえてきた。


 室内に音の発生源らしきものはない。


 とすると、外からか?




 俺は近くにあった四角いガラス窓の方へ近寄り、外を見る。


 すると、すぐ近くに4,5メートルくらいの高さのある滝があった。


 頂上から落ちた大量の水が、下の滝壺に当たって真っ白な飛沫を上げている。


 轟々という音は、このせいだったのだ。




「ふぅん。滝か。温泉といい、このホテルは結構風情がある……ん?」




 何気なく立ち去ろうとしたそのとき、俺は滝の近くに何かを見た。


 より正確には、滝壺に下半身を鎮め、直立不動で水にうたれている誰かの姿を。




「うげぇ。こんな早朝に1人で滝行? 一体誰だよ」




 俺は呆れつつ、することもないので外へ出ることにした。




 入り口から外に出ると、肌寒さを感じて思わず身震いした。


 季節的にも昼間はそこまで寒くないものの、放射冷却された直後の早朝というのは、さすがに堪える。




 俺は二の腕をさすりつつ、滝にうたれている誰かの元へ向かった。




 絶え間なく大量の水を落とす滝の近くに寄ったことで、その人物のシルエットが詳らかになる。


 薄い寝間着のような白い服を着て、滝に打たれつつ瞑想しているのは、女性らしい。


 そして、その人物は――俺のよく知る人物だった。




「なにやってんですか、リーシス先輩。こんな朝早くに」


「ん? なんだ貴様か」




 俺の呼びかけに気付いた滝の主――リーシス先輩は、閉じていた目を開けて俺の方を見た。


 それから一度瞑想を中断し、俺の方へザブザブと歩いてくる。




「見てわからんのか? 滝行だ。精神統一は、武術の基本だからな」


「言っていることは一理ありますけど……先輩って、一体いくつ個性持ってるんですか? 明らかにキャラが渋滞してるんですけど」


「何の話だ? 言っている意味がよくわからないのだが」


「いえ、なんでもありません」




 一国のお姫様であり、台風みたいな魔法剣士であり、酒癖が悪く、朝はどこぞの僧侶様。


 いろんな意味で濃い人だ。


 そして、本人にそのじかくがないのが恐ろしいというべきだろうか?


 


 きょとんと首を傾げたあと、「まあ、いい」と言ってリーシス先輩は語りだした。




「滝行はいいぞ? 己の内面を再確認できる。こう、自分と世界が一体になった感じだな。数時間続けていると、だんだんと全身の感覚がなくなっていくんだ」


「それはむしろ、身体が冷えて危険域に達しているだけでは?」




 そう冷静に突っ込むものの、彼女の得意げな話は止まらない。


 まるで自分の好きなゲームを友達に勧めるような感覚で、滝行のなんたるかを説く。


 俺はただ、右から左へ聞き流しつつ話が終わるのを待った。




 というか、この早く終わってくれと思って、気が気では無かった。




「――、――とまあ、そんなわけだ。どうだ、貴様も私と一緒にやってみないか? 精神が安定して研ぎ澄まされるぞ」


「いえ、たぶん逆に煩悩にまみれそうなので、全力で辞退させていただきます」




 俺は速攻で拒否した。


 だって、水に濡れた薄い装束が、リーシス先輩の肌にぴっちり張り付き、その艶めかしい輪郭を強調しているのだ。




 これでは昨日の混浴と変わらない。


 なんなら、水に浸かるかお湯に浸かるかの違いだけだ。




「そうか。残念だ」




 本気でしょんぼりしていたリーシス先輩だが、やがて俺の方をじっと見つめて一言口に出した。




「貴様との試合、楽しみにしているぞ」




 そう言って、彼女は力強く笑うと、再び滝行のために戻っていった。

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