第94話 遅起きマクラ

 それから部屋に戻り、しばらく過ごした後、身支度して出掛ける時間になった。


 だが、一つ問題があった。


 それは――




「うぉーい、マクラ。起きろー」


「……」


「あれ、おかしいな。枕を揺すっても全然返事がないぞ」




 いつも俺より早く起きて、天然目覚まし二号になっているマクラが起きてこないことだ。




「さては、昨日のことまだ引きずってんな? 言っておくが、俺が悪いんじゃないぞ? 昨日のあれは、俺の進行方向にたまたま巨乳があったってだけで――」


「うー……」




 何やらうなり声のようなものが聞こえた。


 なんだか、もの凄く不機嫌そうなうなり声だ。




「な、なんだよ。まだ何か文句でもあるのか」




 正直に言って、昨日のあの件も含め、サービスシーンが満載だったから、それ全部をマクラが知ったら本気で1年くらい口を聞いてくれなさそうではあるのだが。


 と、不機嫌そうにうーうー唸っていたマクラが、身じろぎするような音と共に呟いた。




「……頭痛い、気持ち悪い」


「……?」




 俺は一瞬唖然とした。


 初めての症状だ。基本いつも元気で、風邪なんてひいたところを見たことがないマクラが、本気で体調不良らしい。




 仮病にしては、声色がリアルすぎる。


 


「だ、大丈夫か!? 熱は!? どれくらい体調が悪い? くそ、精霊の看病法なんて知らないぞ……!」




 俺は歯噛みする。


 まさかこいつが病気にかかるなんて、思ってもいなかった。




 ご飯はどうすればいい?


 人間のように、おかゆとかでいいのか?


 精霊特有の病気じゃないだろうな? だったら、本格的にお手上げなんだが。




 状況によっては本気で大会の棄権まで考え始めた俺だったが――


 


「うぅ……飲み過ぎた」


「……は?」




 何か、聞き捨てならないような台詞を聞いたような気がして、俺は思わずマヌケな声を上げてしまった。




「ごめん、今なんて?」


「……昨日の夜、ストレス発散でお酒飲みすぎた。あ、頭がガンガンする……うっぷ」


「…………」




 俺はたっぷり数十秒沈黙して。


 びきり、と身体から音が鳴る。


 それは、俺の額に青筋が入った合図だった。




「っざけんな! ただの二日酔いじゃねぇか!!」




 俺は思わず、早朝というのも忘れて叫んでしまう。


 本気で心配したのがバカらしくなってくる。




 そういや昨日、ヤケ酒とやけ食いをしていたな、こいつ。


 そりゃ、こうなっておかしくないわ。


 


 なんなら、あれだけ酔っていたのにピンピンしていたリーシス先輩の方が異常である。


 他の大会出場メンバーは大丈夫なんだろうな、と敵なのに半ば心配になる俺であった。




「まったく。枕元にお水と濡れたタオルだけ置いとくから。あと、なんも食べたくないだろうが、朝ご飯はしっかり食べておくんだぞ」


「う……うぅ」




 返事ともうなり声ともわからない声で、何か呻くマクラ。


 起きたらもうお昼でした、なんてことがデフォルトの俺が、「朝ご飯食べておけよ」なんて他人に忠告していることに、圧倒的な違和感を覚えながら、俺はため息をつく。




「とりあえず、お前は今日一日寝ていてくれ」




 くそ、羨ましいなこいつ。


 今度二日酔いでわざと学校休もうかな、などと思いながら俺は枕元に濡れタオルと水を置き、そそくさと部屋を後にした。




 朝からいろいろと濃い出来事が多すぎたが、これからもっと特濃の時間を過ごすことになるのだろう。


 


 そんなことを思いつつ、1人食堂で朝食をとった俺は、死闘が繰り広げられる《メルファント・ベース》へ赴いた。

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