第55話 魔剣、《ベルフェゴール》

「「「リクスくん(さん)!!」」」






 3人の、悲鳴にも似た叫びが重なる。


 俺の上半身は左下から右肩にかけてバッサリと切られ、鮮血が吹き出した。




「ぐっ……!」




 そのまま、俺はガクリと膝を折る。


 心臓の鼓動に併せてドクドクと滴る血が、足下の床に染みを作った。


 内臓にまで傷が達していないことが不幸中の幸いだが、傷は決して浅くない。




 ちくしょうめ。布団の上でゴロゴロするのは大好きだけど、大怪我で寝たきり生活はごめんだぞ、俺は。




『勝負アッタナ……』




 膝を突いた俺を見下ろし、聖之代弁者セイント・レプリカが言う。


 聖剣の切っ先が俺の喉元に突きつけられる。




 魔法が使えず、唯一の対抗手段である剣も折られて、大怪我も負った。


 誰が見ても、状況は絶望的だ。


 フラン達は、顔を青ざめさせて身動きがとれずにいた。




 無理もない。今、聖之代弁者セイント・レプリカの身体からは、俺ですら冷や汗をかくほどに圧倒的なオーラが放たれているからだ。


 魔法による精神防御も不可能な今、フラン達は金縛りにあったように、一歩も動けないのだ。




『所詮、人間ノ力で俺ニ勝ツコトハ不可能ダ』


「……かも、しれないね」




 口の端を伝う血を拭き取りながら、俺は答える。




 聖剣は本来、人智を越えた力。


 その模造品がいかなる力を秘めているのか知らないが、ただの人間が勝てるものではない。




 強い敵には、それ相応の武器を持たねばならない。


 


 目には目を、歯には歯を。


 人智を越えた力には、人智を越えた権能を。


 それが、もっともシンプルかつ理に適った手段だ。




「仕方ない。すんごく面倒だけど、アレを使うか……」




 俺は、小さくため息を吐きつつ呟いた。




『アレ、ダト?』


「うん。この状況をひっくり返すとっておきの手段だよ。あれ、代償も大きいから使いたくないんだけど」


「戯レ言ダナ。貴様如キ矮小ナル人間ニ、何ガデキル?」


「そうだなぁ。寝ることと、タダ飯食うことと、姉さんのスネ齧って生きることと、あとはゲームすることと、それから――」


『……タダノクズ、ジャナイカ』


「まだ言い終わってないだろ、俺にできること」




 呆れたように声のトーンを落とす聖之代弁者セイント・レプリカを、俺は睨みつける。


 それから、覚悟を決めて啖呵を切った。




「――お前を、跡形もなく消し去ることさ」


『笑止。滑稽ナリ。己ガ愚カサヲ悔イナガラ、逝ネ』




 聖之代弁者セイント・レプリカは、遂にその聖剣を振り上げ、俺の首をはね飛ばそうと振り下ろす。




「リクスくん!!」


「逃げて!!」


「やめてくださいまし!!」




 フラン達の、焦燥と懇願と恐怖が入り交じった絶叫が放たれる。


 金縛りにあっていた身体が、土壇場で勇気を得て動き出す。けれど――俺を救うには到底間に合わない。




 俺はただ、この窮地に置かれて。自分と、それを必死に守ってくれようとする友人達のために、秘めたる力を解放する――




 キィイイインッ!


 聖剣のレプリカが俺の首に触れる寸前、鈴の音を圧縮したような金属音が響き渡った。




『ナッ!』




 それと同時に、聖之代弁者セイント・レプリカが驚愕の声を出す。


 それからゆっくりと、腕を振り上げた格好で握っている聖剣を見上げた。さっきまで、俺の首元に迫っていたはずの聖剣を。




 振り下ろしたはずの聖剣を振り上げている理由は、ただ一つ。


 俺が――聖剣を弾き飛ばしたからだ。




『キ、貴様……ナンダ、ソノ剣ハ』




 聖之代弁者セイント・レプリカの目は、俺の右手に握られたソレに釘付けになっていた。


 夜を煮込んだような、張り詰めた漆黒の剣が握られている。


 刀身の周囲には、赤いもやが立ち上り、人智を越えた力を放っていることを誇示していた。




 その力の波動に、紛い物でも同じ権能を有する敵が、勘付かぬはずもない。




『マサカソレハ、魔剣 《怠惰魔剣ベルフェゴール》!?』


「うん、そう。一発で気付くなんて流石だね」




 俺は、ゆっくりと魔剣 《怠惰魔剣ベルフェゴール》を構えた。


 姉さんが聖剣 《火天使剣ミカエル》に選ばれたように、俺も魔剣に選ばれた。




 世界で唯一七つ、聖剣に対を成すように存在する七振りの魔剣。




 《傲慢魔剣ルシファー


 《強欲魔剣マモン


 《嫉妬魔剣レヴィアタン


 《憤怒魔剣サタン


 《色慾魔剣アスモデウス


 《暴食魔剣ベルゼビュート


 《怠惰魔剣ベルフェゴール




 そのうちの一振り。


 こんなに勤勉な俺が、なんで怠惰の魔剣に選ばれたのか、運命も人を見る目がないとしか言いようがないが……まあ、そんなことはどうでもいい。




「俺の嫌いな言葉ランキング1位は、「頑張る」だけど、今だけは頑張るよ。本気で、お前を葬ってやる」


『抜カセェエエエエエエッ!!』




 聖之代弁者セイント・レプリカが吠える。


 手にした紛い物の聖剣が色濃く輝き、神速で振り抜かれる。


 それにカウンターを併せるようにして、俺も魔剣を振り抜いた。




 瞬間、交錯する刃と刃。


 白と黒が真っ向からぶつかり合い、光と衝撃波が辺りに吹き荒れる。


 そして――起死回生の猛攻撃が始まった。


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