第91話 酒は飲んでも……

 しばらくそうしていたのはいいのだが。


 ゆったりと星空を眺めていた俺は、ふと我に返るのだ。




 あれ。女の子と二人きりで肌を寄せ合って混浴って、結構ヤバくね? と。




 そんなこんなで、気まずい空間から逃れた俺は、食堂へと向かった。


 あれから三十分は立ってるし、そろそろ静かになっているか、食堂から引き上げているかと思ったのだが――直後、俺は考えが甘かったことを自覚することになった。




「あー、弟くんどこ行ってたんだよぉ。寂しかっただろぉ」


「……へ」




 食堂へ入った瞬間、変に間延びした声が投げかけられた。


 声の主は、テーブルに肘を突いているエレン先輩なのだが……なんだか顔が赤い。それに目もウルウルしていて、焦点が合っていないようだ。


 まさかと思い、視線を左下にずらすと、彼女の右手にはお酒の入ったグラスがあって――




「げぇ! 泥酔してやがる!!」




 俺は思わずそう叫んでいた。


 


「ねぇ弟くぅん。そこで何してるのぉ。エルザお姉ちゃんは一緒じゃないのぉ。ねぇなんでなんでぇ?」


「いや、姉さんは仕事で今は王都に残って――」


「あははー。なんか視界がグルグルするぅ。おもしろーい」




 ケラケラ笑いながら、バンバンテーブルを叩くエレン先輩。


 ダメだ会話が通じない!


 ここは一旦退却して――と思った瞬間。




 どんっ、と後ろから何かがぶつかってきて、俺は前につんのめりそうになった。




「っとと! なんだなんだ!?」


「へへえ、捕まえたれぇ……リクスぅ」




 後ろからしな垂れかかってきたのは、威厳もクソもなくなったメルファント帝国第三皇女のリーシス先輩だった。


 言わずもがな、泥酔中であり、呂律が回っていない。




「せ、先輩近い! というか――その、あ、当たってますが!?」




 彼女は今、俺に全体重をかけるように後ろから抱きついている。


 つまり、絹のように滑らかな肌の感触とか、体温とか、肩甲骨あたりにのしかかる柔らかい二つの塊の感触とかダイレクトに伝わっているのだ。




 ドキドキと、心臓が破裂しそうなほどに高まる。


 このままだと、俺の理性が崩壊しかねない。


 あまりに衝撃的な事態に、俺の脳はパンク寸前になり、危うく意識も飛びかけて――




 だが、背中からのしかかる発育の暴力に敗北する寸前、俺の鼻に強烈な匂いが届いた。


 至近距離のリーシス先輩の吐息が、ものすごくアルコール臭くなっている。


 奇しくもそのお陰で、俺は耐えることができた。




 酔っているにもかかわらず、ガッチリとホールドしてくる腕をなんとか振りほどいて、俺は拘束から逃れる。




「くっそ! マクラやサリィは大丈夫なのか!?」




 辺りを見まわした俺は――しかし、すぐに絶望することとなった。


 エレン先輩の向かいのテーブル席。


 そこに仲良く並んで2人は座っている――のはいいのだが。




「ひっく。なんで、こう胸が爆弾みたいな女にデレデレするかなぁ、ご主人様は。あんな脂肪の塊に鼻の下伸ばしちゃって! そんなにおっ◯いが神聖かぁ!!」


「ほんとですよ! おっ◯いおっ◯いって……さもワタクシ達に人権がないみたいな。そんなの不平等ですわ!」


「そうだそうだぁ! 理不尽だぁ!」




 こちらはこちらで、ジョッキ片手に大声でとんでもないことを話していた。


 なんだかよくわからないが、無いもの同士(あえて何がとは言わない)、意気投合してしまったんだろう。




 身の危険を感じる同盟が結成されつつある。




「こ、これはマズいぞ……そ、そうだ! あの人は!? この中で唯一まともそうなアダムス先輩は……!?」




 俺は最後の希望を求めるように、あたりを見まわす。


 すると、目的の人物はそこにいた。


 ただし、空になった酒瓶の中に埋もれるように突っ伏して――




「せ、せんぱぁああああああああい!!!」




 唯一の希望が砕かれ、俺の絶叫が食堂中に木霊した。




 おそらく、自分で飲んだわけではない。




 彼の手元には、不自然に取り残されたオレンジジュースの入ったコップがあり、それを押しのけるようにして酒の瓶が転がっている。




 そして、そのお酒の瓶の銘柄は――今、リーシス先輩が片手に持っているものと同じだからだ。




「さては下戸かもしれないアダムス先輩に無理矢理飲ませたな!? あの台風皇女!!」




 結論。


 カオスな状況を放置したら、さらにカオスになる。あと、酒は飲んでも呑まれるな。




 そんな教訓を得た俺であった。


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