第51話 勇者の模造品達
《三人称視点》
「む……地下施設へ向けて進行してくる学生達がいる、だと?」
「はい! 付近を偵察中の者からの確定情報です! なんでも、有り得ない速度で地中を掘って、接近しているとのことで!」
「そうか。思ったよりも嗅ぎつけるのが早いな」
地下研究室の一角で、黙々と作業を続けていた男――ニムルスは、息せき切って室内に駆け込んできた部下の報告を聞いて、表情を険しげに歪めた。
ニムルスが今いる場所は、昨夜大怪我を負ったバルダと作戦を確認しあった、例の研究室である。
ただし、昨日と違うのは、魔造人形ホムンクルスの入れられた円筒形のガラス管や、壁に括り付けられた不気味な生命体に幾つもの管が繋がれ、魔力の光が注がれていることだった。
その光の大本には、巨大な磔はりつけ台があり、そこに四肢を拘束されている少女がいた。
その少女とは――エルザである。
全身傷だらけで意識を失い、先程の天使との戦いで敗北したことを何よりも雄弁に語っていた。
そのエルザの身体から、魔力が抜け出ていき、コードを通して三体の
まるで、眠れる器に命を吹き込むがごとく。
その胎動は、少しずつ勢いを増していた。
「ちっ。もうすぐ研究が完遂されるというのに、よりによってこのタイミングで来客か」
ニムルスは、忌々しげにそう吐き捨てる。
(あとものの10分もあれば、
元々、ニムルス
ここまで事を大きくした以上、
あとは、そいつらの量産や今後の研究に不可欠な因子であるエルザを連れて、地上の動乱に紛れて、地下の物的証拠を隠滅し、構成員と共に脱出する手はずだった。
だが、リクス達が迫っている今、研究を中断して脱出しようにも間に合わない。
応戦して時間を稼ぎたいのだが、戦闘用のメンバーは全員、地上に放った召喚獣を操ることで手一杯だ。
ニムルスが出ようにも、先程の天使召喚で魔力は枯渇状態。
学生相手でも、戦えるかどうかわからない状況だった。
しかも、相手は何らかの手段で地下200メートルにあるこの施設まで、あっさり到達しようとしているのだ。
少しばかりできるヤツだと警戒しておく必要がある。
(くっ、仕方がない! こうなったら……!)
ニムルスは、苦渋の決断を下す。
「
ニムルスはニヤリと不敵に嗤うと、目の前のモノリスを操作して、赤いボタンを押した。
すると、
そして――のっぺらぼうだった顔は、美しいく整った目鼻立ちの少女へと変貌していた。
その少女は、薄らと目を開ける。
液体の中にたゆたう真っ白な髪の隙間から、紅玉色の瞳が覗く。
その姿は、勇者エルザに瓜二つ――どころか、まるで本人がそこにいるかのようだった。
「さあ行け。
ニムルスは、モノリスのキーを操作し、青いレバーを下ろす。
すると、円筒形のガラス管にピシリとヒビが入り、ガシャーンと音を立てて粉々に割れ砕けた。
それぞれのガラス管から液体と共に、3人の
それらは皆、等しくエルザと同じ姿をしていた。
そいつらは、例えるなら勇者たるエルザの
彼女たちは、まるで生気の通っていない表情で一度周囲を見まわしたあと、ニムルスの命令を実行すべく、壁に掛けられていた剣を手にとって、研究室の外へと出て行った。
(クックック。これでいい。彼女たちに侵入者を倒して貰えば、こちらは完成した
ニムルスは、未だ魔力が注がれ続けている、ソイツを見ながら物思う。
人工物なのか生物なのかわからない、かろうじて人の形を保っている冒涜的なソイツを。
それこそが、《神命の理》が目指す最高地点。人智を越えた力に至る方法。
正直な話、エルザをコピーした
「コイツと勇者の魔力さえあれば、我々は更に組織を拡大できる。そして、この世界を裏から支配する神にすらなれるのだ!」
ニムルスは、高らかに宣言する。
その傍らで、
△▼△▼△▼
《リクス視点》
地下へと続く階段を降りきった俺達は、突き当たった白い壁を爆破して、謎の施設へと潜入していた。
真っ直ぐに続く無機質な通路を歩きながら、姉さんを探す。
こんな変な場所に、果たして姉さんがいるんだろうか?
「……あれ?」
そのとき、俺のすぐ後ろを歩いていたマクラが、不意に立ち止まった。
「どうした?」
「それが……急に、エルザ姉さんの反応が増えたの」
「はぁ? 増えた?」
「うん。しかも……私達の方に向かってくるみたい」
マクラは、首を傾げつつ答える。
「お姉様が増えるって……そんなこと、あり得るんですか?」
「あり得るよ。たぶん、分身だろうな」
フランの問いに、俺は自分の考えを伝える。
「姉さんは分身の魔法が使えるからさ。聖剣が使えない分、戦闘能力は本体に劣るけど……」
「分身? え。そ、そんな魔法ありましたっけ?」
「ワタクシは聞いたことありませんわ。おそらく、勇者たる生徒会長さんの固有魔法かと……」
「やっぱり、お姉さんもその域に至ってるんだね……もういい加減、この
なぜか、フラン達3人が苦笑いしている。
「でも、なんで姉さんがわざわざ分身して、俺の方に来るんだろう? 何か理由があるのかな」
そんなことを考えていた――そのときだった。
通路の天井にビシリとヒビが入る。かと思うと、もの凄い音を立てて、天井が崩れ落ちてきた。
「あぶね!」
咄嗟に後ろに下がった俺達の目の前に、大量の瓦礫が降り注ぐ。
そして、それと一緒に3人の少女が音もなく降り立った。
その3人は、皆等しくエルザだった。
けれど、紅玉色の瞳はぞっとするほど冷たく輝き、俺達を見据えている。
「ね、姉さん!? 危ないだろ! いきなり何するんだよ!!」
俺はあわてて怒鳴りつけるが、姉さんは表情を変えない。
まるで感情の死滅した人形のような面持ちのまま、腰に佩いた剣を抜く。
そのまま、困惑する俺達へ向かって一斉に飛びかかってきた。
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