第47話 生徒会副会長の実力

《三人称視点》




 ――舞台は地上に戻り、エルザがたった1人、絶望的な状況に抗っている頃。




 突如として召喚獣の群れが現れた第一円形闘技場は、どよめきの渦中にあった。




「な、なんだコイツ等は!」「召喚獣? なんで急に地面から現れたんだ!?」「落ち着けよ。どうせあれだろ? 俺達のような決勝戦に参加できない人間用に、学校側が用意したサプライズだろ?」「そうなのかな? だとしても、唐突過ぎない?」「じゃあ、なんなんだよ!」




 観客席に座っていた生徒達は、口々にそんなことを話している。


 そんな生徒達の間を縫い、リクスは一直線に出口へ向けて駆けだしていた。


 まるで、何か大事な使命に突き動かされているかのように。




「リクスくん! どこに行くんですか!?」




 遠ざかっていくリクスを呼び止めるフランだったが、その声はリクスに届かない。


 フランの叫びを遮るように、空に舞い上がった召喚獣の一つ――真っ黒なドラゴンが咆哮したからだ。




『ゴォアアアアアアアッ!』




 ドラゴンの口から放たれた衝撃波が大気をビリビリと震わせる。


 その勢いのままに巨大な翼を広げ、ドラゴンはフラン達の方へと高速で肉薄していった。




「く、来る!」




 フランとサルムは慌てて戦闘態勢を取る。


 ドラゴンの真っ赤な瞳がフラン達を射貫き、圧倒的な体躯で突進していく。


 必然、フランとサルムの額に冷や汗が浮かび、心臓の鼓動が加速度的に増していく。




「ちょっと下がってて、一年生ズ」




 と、緊張の糸を切るかのように、フランの前にエレンが躍り出た。


 その手には、陽光を跳ね返す抜き身の剣が握られていて――




「風魔よ、鋭き風刃を放て――“エア・ブレード”」




 中級風属性魔法“エア・ブレード”の呪文を唱えつつ、手にした剣を斜め上に切り上げた。


 その所作に一切の淀みはなく、く、そして鋭い。

 

 風の魔力を纏った斬撃が、迫り来るドラゴンの身体を金剛石よりも硬い鱗ごと、まるで果物でも斬るかのように真っ二つに切り裂いた。




『グガ……』




 研ぎ澄まされた刃に切り裂かれたドラゴンは、断末魔をあげる間もなく絶命し、真っ黒な灰となって消えていく。




「よし」




 エレンは小さく頷いて、剣についた血糊を払った。




「す、凄い……ドラゴンを、一撃で倒すなんて」


「うん、流石は騎士団の副団長だ」




 フランとサルムは、たった一閃でドラゴンを切り払ったエレンの背中を見て、戦慄と驚嘆に狩られていた。




 が、感心している場合ではない。


 見れば、残ったゴーレムや大型の動物が観客席に押し寄せていた。




「わ、私達も戦わなきゃ!」


「いや、君達は弟くんを追ってくれ!」




 詠唱のいらない初級魔法“ファイア・ボール”を連射して、召喚獣を片っ端から退けながら、エレンがフラン達に指示を出す。




「ど、どうしてですか? ここで召喚獣を食い止めた方が……」


「短い時間で考えたんだけどね、さっき誰かが言ったように学校側のサプライズイベントだって可能性は捨てきれない。現れた召喚獣のうち、ドラゴンやグリフィンみたいな強いヤツは数体だけ。あとは、中級の召喚魔法で生み出す雑魚ばかりだ。英雄を育てるための王国最高レベルの学校に襲撃するにしては、あまりにも戦力が足りない上に、杜撰すぎる」




 そう分析するわりに、エレンの表情にはどこか鬼気迫るものがあった。


 


「じゃあ、これは誰かの襲撃ではないってことですか?」


「そうでないとは言い切れない。いや、むしろウチ達のような英雄を目指すものは、常に最悪の状況を想定して動くべきだ。この学校を襲うなんていうバカげた発想は、普通思い浮かばない。本気で攻めるにしたって、戦力も明らかに足りない。であれば、今の状況が指し示すのは……裏で何らかの思惑が動いてるってことさ」


「つまりこれは、陽動……ただのカモフラージュってことですか?」


「理解が早くて助かるよ、そういうことさ」




 エレンはこくりと頷いた。


 そこで、フランも気付く。これが陽動だとしたら、リクスが真っ先にこの会場から飛び出した理由に。




「もしかしてリクスくんは、この裏で何かよからぬことが起きてると気付いて……?」


「おそらくその通りだよ。弟くんは、誰よりも早くその可能性に思い至ったからこそ、それを止めるために駆けだしたんだ。本当に、末恐ろしい少年だよね」


「す、凄い……リクスくん」




 フランも、そばで聞いていたサルムも、リクスの行動に舌を巻いていた。


 いきなり召喚獣が飛び出してきて、誰もが状況の理解に追いつかない中、瞬時にこの状況が陽動だと気付いて、本命を探るために迷いなく駆けだした。


 一体、どういう脳みその回転速度をしているのだろう?




「これが、英雄たる人の能力なんだ……」




 フランは、近くて遠い存在であるリクスのことを考えながら、呆けたように呟いた。




 もちろんリクスは、姉が副校長と接触するのを阻止するために、召喚獣の登場をガン無視して駆けだしただけなのだが――本人のあずかり知らぬところで、またしても株が上がっているのだった。




「これでわかっただろう? 君達は弟くんと共に、裏で動いている思惑の阻止を頼みたい。できるかい?」


「はい! 精一杯頑張ります」


「僕も。リクスには大きな借りがあるので」




 フランとサルムは、力強く頷くと、リクスの消えていった道順を追って駆けだした。




「頼んだよ、若き英雄達……」




 その姿を、どこか眩しそうに見送ったエレンは、“ファイア・ボール”による足止めをやめ、剣を両手で持ち直した。


 “身体強化ブースト”で強化した肉体で、疾風のごとく観客席を駆け降り、剣を振るう。




 迅速で振り抜かれた剣は、すれ違いざま、10体の大型動物を切り裂いた。


 切り裂かれたそばから、召喚獣達の身体が崩れて消えていく。


 残心もそこそこに振り返り、エレンは観客席にいる生徒達へ向かって叫んだ。




「みんな聞け! この状況が学校側の意図したものなのか、そうでないのか、判断が付かない。故に、自分の身を守りつつ、安全な場所へ移動するように! これは、生徒会副会長としての命令だ!」




 凜とした覇気を纏う声が、会場にいる生徒達の耳に届く。生徒達は、その号令に突き動かされるように、出口へ向けて移動を開始した。


 それを確認したエレンは、再び剣を構え、まだまだ勢いのとまらない召喚獣の群れを見据えた。




「さて、始めるか」




 不敵に笑ったエレンは、地面を蹴って召喚獣の群れに突っ込んでいった。

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