第46話 勇者を屠る策
《三人称視点》
「わざわざ天使を召喚したっていうことは、私対策ってことなのねぇ……猪口才だわ」
無傷の天使を見据えながら、エルザが言った。
「そういうことですな。あなたを止めるのに、並大抵の召喚獣などでは歯が立たない。かといって、悪魔や精霊を召喚したところで、最上位天使の力の片鱗を持つ勇者には届かない。だからこそ、目には目を、天使の力には同じ天使をぶつける」
ニムルスは、下卑た笑いを浮かべる。
聖剣とは、天使の力を借りたもの。
天使の力――いわゆる聖属性に分類される攻撃を同じ聖属性を持つ相手にぶつけても、意味がないのだ。
例えるなら、ゲームにおける味方への攻撃――フレンドリー・ファイアが無効となっているのである。
天使を倒すなら、聖剣ではなく魔属性の力を持つ魔剣の方でないと、効果がない。
「やってくれたわねぇ……!」
エルザは即座に右手を天使に向ける。
起動するのは、地獄のような鍛錬の果てに習得した、詠唱破棄での上級魔法。聖剣を欠いてなお、エルザを勇者たらしめる絶技だ。
「消し炭になりなさい、 “フレア・カノン”!」
刹那、右手に生まれた炎が瞬く間に業火となって、天使めがけて襲いかかる。
「なるほど。確かにその手がありましたなぁ」
それを側で見ていたニムルスが、手を叩きながら賞賛を送る。
「本来、ただの四属性魔法では、人間より高次元たる聖属性の存在にダメージを与えることは難しい。聖なる力の純度が著しく高い最上位の存在などが相手では、上級魔法による攻撃でさえ、児戯に等しいでしょう。しかし、純度の低い中位存在に対し、威力の高い上級魔法を使えば、ただの四属性魔法でもそれなりのダメージは期待できる。いい判断ですな」
襲いかかる赤き極光を見つめながら、ニムルスは感心したように呟く。
「が……それを想定していない私達ではない」
ニムルスは、パチンと指を鳴らした。
次の瞬間、周囲の壁に、床に、天井に。魔力の光が駆け巡る。
そして同時に、天使を飲み込まんと迫っていた極大の炎が、まるでろうそくの炎を吹き消すがごとく、かき消えた。
「なっ……こ、これは! “アンチ・マジック・フィールド”!? 予め、この部屋に仕掛けてあったの!?」
さしものエルザも、あまりに予想外の事態に顔を青ざめさせていた。
“アンチ・マジック・フィールド”。
その名が示す通り、魔法そのものを妨害する結界のことだ。
一度起動してしまえば魔力の流れが阻害され、どんな魔法も起動することができなくなる。
別名、「魔法使いの墓場」と呼ばれ、全ての魔法使い・魔法剣士に恐れられている、ある意味究極の魔法だ。
「理解したでしょう? あなたは既に我々の術中に嵌まっている。聖剣が効かないとわかれば、魔法でくることはわかっておりましたのでな」
ニムルスは顎髭をなでながら、エルザを睥睨する。
いくら天使や悪魔といった、高次元の存在に人間の使う魔法が効きにくいとはいえ、相手は勇者だ。
たかだか中位階級の天使が、人間最強の魔法を何発も受ければ、耐えられないのは火を見るよりも明らかである。
確実に勝利への道筋を閉ざし、エルザを追い詰めていく。
それこそが、ニムルスの作戦だった。
「してやられたってところかしらぁ。でも、いいのぉ? 私と天使が戦えば、魔力の波動や振動で、地上にいる人達に気付かれるんじゃなぁい?」
「その心配はいらないよ。なぜなら、今頃部下達が地上へと召喚獣の群れを放っているだろうからね。上の連中は、そちらへの対応で手一杯になっているはずだ」
事実、エルザとニムルスが向きあっている裏で、《神命の理》の構成員達は、地上へ向けて次々と召喚獣を放とうと、召喚魔法を唱えていた。
エルザを捕らえ、彼女の魔力を抽出して計画を完遂するまで、何者にも邪魔はさせない。
もしこの地下基地がバレたなら、地上で起こっている騒動に紛れて地下基地を破壊し、脱出すればそれでいい。
ニムルス達にとって大事なのは、勇者エルザを捕らえること、その1点のみ。
そしてそれも、もうすぐ完遂というところまで来ている。
だからこそ、ニムルスは勝利を確信する。
そして――だからこそ、気付けなかった。
この盤面に、リクス=サーマルという、とんでもないジョーカーが潜んでいることを。
バルダを下したかなりの強さを持つが、ただそれだけの存在であると思っていた。
所詮は勇者の背中を追うだけの、勇者のなり損ない。エルザの威光を借りる、強いだけの腰巾着。
その認識が、大きな間違いだったと身をもって知ることになるのだが、今はまだ知るよしもない。
「さあゆけ、天使よ! まんまと罠に嵌まった勇者をひねり潰せ!!」
ニムルスは勝ちを確信して、高らかに宣言する。
天使が翼を広げて、再びエルザへと肉薄していく。
(くっ! 絶望的な状況だけど、やるしかないわね!)
勝つ望みが薄い中、エルザは聖剣を握りしめる。
「はぁあああああああああ!!」
胸の中に渦巻く焦燥を振り切るように雄叫びを上げ、迫り来る天使めがけて、効かないとわかっている聖剣を思いっきり振り抜く。
それは奇しくも、リクス達のいる会場の地面をぶち破り、大量の召喚獣達が出現したのと同時刻。
会場が動揺に包まれる裏で、孤高な戦士の絶望的な戦いが、幕を開けていたのだった。
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