第108話 セカンドラウンド part.f

《三人称視点》




 世界が――白と赤に染まった。


 その原因は炎と、氷の塊が高熱で一瞬にして気化したことによる、水蒸気爆発である。




 荒ぶる超高熱の爆炎が氷塊を包み込み、瞬く間に蒸発させる。


 真っ白な嵐が吹きすさび、ステージを席巻する。


 猛烈な熱波は、爆心地に最も近い場所にいたシエンへ、容赦なくたたき付けた。




 それに合わせるようにして、なおも威力の落ちない炎の極光が、シエンを飲み込む。




「クッ……うぅ……」


「これは……!」




 少し離れた場所にいたエレンとサリィは、急遽防御結界を張って、水蒸気爆発を耐える。


 それでも勢いを殺しきれずに、数十メートルも吹き飛ばされた。




(けど、これで勝った……!)




 エレンは、突風に耐えながらもほくそ笑む。


 シエンは、水の膨張の爆心地にいて、かつ上級魔法の炎を直撃させたのだ。




 ルール改変の際に紡ぐ言葉も言っていなかったし、何かしらの防御魔法が間に合ったとしても、あの威力を無傷で耐えることなど不可能だ。


 だからこそ勝利を確信し――




 刹那、真っ白に煙る世界の中心が、眩いばかりに輝き出す。




「なっ!」


「あれは、なんですの?」




 訝しむようにその光を睨むエレンとサリィの前で、白い世界が吹き飛んだ。


 何かの例えではない。


 本当に、白い嵐が吹き飛ばされたのだ。




 眩いばかりの光が白い煙を薙ぎ払い、霧散させていく。


 この世の矛盾を断罪するかのように、静謐な光がステージに放たれる。




(この、波動は……!)




 エレンの心が疼く。


 それは、エレンの心を常に昂ぶらせてきた歓喜の福音であり、今この場においては絶望でしかないその波動。




「強いんだね。君達」




 シエンの、平らな声が聞こえる。


 彼女から発せられていた静謐な光がおさまる。


 辺りを漂っていた白い霧はとっくに浄化され、彼女の姿が現れる。


 その全身は、冗談のように無傷。火傷の一つすら負っていない。


 だが、エレン達が驚いたのはそこではない。そんなもの眼中にないとばかりに、ある一点に釘付けになっていた。



 右手に漆黒の剣。そしてもう片方の手に携えられた、眩いばかりに輝く純白の剣に。




「ば、かな……!」




 エレンは、驚愕を隠せなかった。


 動揺すれば命取りになる戦場を駆け巡った彼女でも、この事態は看過できなかった。




「キミ、まさか……魔剣と聖剣、両方を宿しているのか!?」




 シエンは、何も発しない。


 けれど、小さく頷くことで肯定した。




 観客席は、静まりかえっている。


 全員、この意味のわからない事態に困惑しているのだ。




 聖剣と魔剣。


 人智を越えた力を宿すその二種の剣は、相反する性質を持つ。


 聖と魔。光と闇のような関係であり、真逆の性質を持つその二振りが、1人の少女の身体の中で共存しているというのだ。




 そんな事例、記録にない。


 そもそも聖剣や魔剣を宿して生まれる確率自体低いと言うのに、両方など天文学的な確率だ。




 まさに生ける伝説。


 生まれながらに、勇者にでも魔王にでもなれる資質を持つ者。


 誰もがうらやみ、誰もが嫉むであろう力。


 だからこそ、この場にいる誰もが気付けない。この身に余る力が、シエンの身体と心を蝕んでいる事実に。




 世界を照らす“光”の権能を持つ《光天使剣ウリエル》と、世界を自分の望むように改変できる《傲慢魔剣ルシファー》を持ちながら、たった一つの願いすら叶えられない彼女の苦悩に。




「僕は、優勝しなくちゃならないの。だから、邪魔しないで」




 驚愕で動けないエレンとサリィの前で、シエンはそう告げる。


 渾身の一撃があっさり吹き飛ばされたこともそうだが、この想像を絶する状況を前に動けなくなっていた2人は、動くのが遅れた。




 もっとも、動けたとして勝算があったとは思えないが。




「――“光の舞”――」




 刹那、聖剣が輝く。


 輝く刀身から無数の光の弾が生まれ、上空へと放たれる。青空の中、はっきりと見える星空となって浮かぶ光球は――避けようのない流星群となって2人に降り注ぐ。




 そして、趨勢は決した。


 シエンの圧勝。


 その空前絶後の権能を曝け出した少女が、Bブロックの覇者となった。

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