第105話 セカンドラウンド part.c

《三人称視点》




「くっ!」




 エレンは咄嗟に剣を頭上で真横に構え、斬撃を受け止めようとする。


 が、またしても。




「――“斬、彼剣かのけんより鋭く”――」




 流ちょうに紡がれる一言。


 その言葉の意味を今までの事例と瞬時に照らし合わせたエレンは、勘付いた。


 刹那、漆黒の斬撃が防御用に構えた剣にたたき付けられる。


 全身を怖気が駆け回る感覚に導かれるようにして、エレンは剣を放り捨て、全力で飛び退いた。




 そして、手応えが消えた。


 全力で魔力を込め、硬い大岩さえ触れただけでバターのように斬り捨てる切れ味と硬度を誇るエレンの剣が、何の抵抗もなく冗談のように真っ二つになっていたのだ。




(危なかった。今のを受けていたら、間違い無く頭を割られて死んでいた!!)




 だが、恐怖と引き替えに得たものはある。


 それは、あの魔剣に宿る権能の正体。


 (消えるように動くことのできるシエンに対し、意味があるのかはわからないが)、再び距離をとったエレンは口を開いた。




「その権能……自分が定めたルールを現実に適応させることかな?」


「うん」




 はぐらかされるかとも思っていたが、案外あっさりとシエンは認めた。


 手の内を明かされて素直に認めるバカなのか。あるいは、明かされたところで問題にならないと思っているのか。




(しかし、理不尽な権能だな)




 エレンは内心で忌々しげに吐き捨てる。


 発動前にぼそりと呟いたあの台詞が鍵だ。




「――“我、彼者より速く”――」


「――“炎、風より高らかに”――」


「――“斬、彼剣より鋭く”――」




 予備動作無しでエレンよりも速く動くことで、まるで瞬間移動のように高速移動する。


 炎が風よりも上を行く世界では、消え入りそうな風前の灯火さえ、逆に竜巻を消し飛ばす。


 無造作に振り下ろした魔剣の斬撃は、王国副騎士団長の剣すら容易く両断する。




 なんたる理不尽。


 まるで、世界が自分を中心に回っているとでも言うような、この絶対的な大罪は――




「……《傲慢魔剣ルシファー》?」




 そう呟いたのは、エレンではなくシエンの背後から奇襲の隙を窺っていたサリィだった。




「七ある大罪ペッカートゥムのうち、“傲慢”を司る魔剣ですわね」


「うん、正解」




 またしてもシエンは、正解を当てられたというのに何の感情の変化もない。




「“傲慢”か……」




 エレンもまた、その意味を噛みしめるように呟いた。


 己のルールのままに、世界を自由に歪める力。


 普段から《火天使剣ミカエル》を目にしているエレンも。


 《怠惰魔剣ベルフェゴール》の権能をその目で見たサリィでさえ、その理不尽の権化のような力に圧倒されていた。




 そんなのもう、勝負を挑むことすら烏滸がましい、本物の傲慢だ。


 けれど――シエンは、重たい何かを吐き出すように呟いた。




「なんでもかんでも思い通りになる力なら、僕はこの剣の権能を受け入れてた。でも、世の中にはどうにもならないことがある。たとえ、人間を越える力を宿して生まれてきたとしても」




 その言葉が、何を示しているのかエレンやサリィにはわからない。


 いや、彼女の胸の内まで探る余裕がなかったというべきか。




 “なんでも思い通りにはならない”という部分のみ解像度を高めていたのだ。


 ある意味、藁にもすがる思いで勝利へ続く糸をたぐり寄せている2人は、その言葉が示す戦いへの勝利の道筋にのみ注力していて、その言葉の奥にあるものに気付けない。




 奇しくも。


 実際に彼女と対峙して余裕のない戦いを強いられるエレンとサリィよりも、遠くの観客席で一部始終を聞いていたリクスだけが、彼女の心に潜むものを見つめていた。




(“なんでも思い通りにはならない”っていうのなら、なんとかできるかもしれない!)




 シエンは僅かな希望を見出す。


 それがただの希望的観測でも構わない。世界のルールに触れるルールのようなものが、何かしらあるはずなのだ。




 その条件を見つけ出すべく、エレンとサリィは戦いを続ける。


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