第106話 セカンドラウンド part.d

《三人称視点》




(何かあるはずだ、必ず! 自分だけの絶対的な我が儘を発動させるためのルールが!)




 エレンはそれを見逃さないよう全神経を集中させつつ、シエンへ飛びかかる。


 


 奇跡を起こすには代償が必要となる。


 魔法という奇跡を扱う技には、一定以上高位の技になると詠唱が必要。


 《怠惰魔剣ベルフェゴール》は、代償として睡魔と倦怠感に苛まれるし、《火天使剣ミカエル》は神聖なる炎を扱う代償に生命力を消費する。




 それが、世の中の絶対的なルール。


 一部、エルザやリクスのような天才達は、同じ魔法でも贄を与える量が少なくて済むから、上級魔法も平気で無詠唱発動できるようだが……それでも、何も代償を払っていないわけではない。


 


(あれだけの力! 目には見えずとも代償が必要だ!)




 エレンは駆ける速度を緩めることなく、矢継ぎ早に呪文を唱えた。




「空を統べる無魔の王よ、我が声に応えよ、物質の理をねじ曲げ給え――“錬金術アルケミー”!」




 ばんっとエレンは地面に軽く手を突いた。


 その時間は一瞬。


 されど、その瞬間確実に魔法が発動する。




 上級無属性魔法、“錬金術アルケミー


 無から有を生み出す超級魔法の“物質創造マテリアル・バース”ではなく、今ある物質を使って望む物に変換する技。




 当然“物質創造マテリアル・バース”の方が難易度も自由度も高いが――




(今は長々と詠唱している暇はない!)




 そうエレンが判断している時点で、さりげなく超級の詠唱ができるというとんでもない人間なのだが――そこは今問題ではない。


 そんなとんでもない人間をして窮地に立たせるバケモノが、目の前にいるのだから。




 ステージの冷たい床に手を突いた瞬間、桃色の光を放つ魔法陣が縦横無尽に走り回る。


 その魔法陣の中央から、光の粒子を纏う一振りの剣が出現した。


 その周囲の石畳みは、ごっそりと消え去っている。




 ステージ上の石を材料に、鋼鉄の剣を生成したのだ。


 


 もちろん、魔法の威力を削ぐ対衝撃・魔法コーティングが施されているから、本来であれば錬金術の魔法は使えない。


 ステージに手を突いた瞬間、魔法陣が霧散してしまうのがオチだ。




 なのに起動したのは、そこの床だけがめくれ上がっており、対衝撃・魔法コーティングが機能しなくなっていたからだ。


 そこは、サリィの放った上級の風属性魔法とそれ以上の威力を持つ火の粉が衝突した場所。


 そのあまりの威力に、ステージが耐えられなかったのだろう。




 性能は元々持っていた剣と大差ない。まあ、その時点で相手の魔剣に劣ることは証明されてしまうのだが。




「はぁああああああ!」




 生み出した剣を、シエンの目前で振り上げる。


 それに対応し、シエンは口を開いて何かを言いかけ――




「土魔よ、岩の礫つぶてを撃ち放て――“ストーン・ハンマー”」




 刹那、横合いから声が飛ぶ。


 サリィが援護射撃として放った呪文だ。


 生まれた岩の礫が、シエンめがけて殺到する。


 ここで初めて、シエンの表情が僅かに揺らいだ。




「――“我、岩より硬く”――」




 刹那、高速で飛翔する岩の弾丸は、シエンの皮膚に当たった瞬間、粉々に砕け散った。


 一体どれほどの硬度なのか、見当も付かない。




 それでも、臆することなくシエンの懐に飛び込んだエレン、は剣を振り上げる。


 それに対応するように、シエンが魔剣を頭上で横に倒し、守りの姿勢に入った。


 


(どうせ魔剣に真っ二つにされるだろうが……それでも!)


 


 何も成果が得られないより100倍マシだ。


 そう自分に言い聞かせ、エレンは剣を振り下ろす――が。


 結果は予想を覆す物となった。




「っ!」




 ギィイイン! と、甲高い音が響き渡る。


 しかし、エレンの手には確かな手応えがあった。


 魔剣には、傷一つ付いていない。それはいいのだ。問題は――




「ウチの剣が、折れていない……?」




 そう。豆腐のように切られるはずだったから、手応えがあるのはおかしいのだ。


 一体何故――




「っ、――“我、彼者より速く”――」




 シエンは、一度距離をとるべく何かしらの言葉を紡いで飛び下がる。


 そう、言葉を。




「……まさか!」




 得体の知れない技の連発で、代償もややこしいものだと思っていたが、答えはずっとシンプルだった。


 相手は――




「自分自身が世界に対して設定したルールを頭に落とし込んで、なおかつ口に出すというプロセスを踏まないと、発動できない……!」




 そして、もう一つ。


 エレンより速く動くことを最初に定義したはずなのに、その後も何度か同じ事を言い直していた。


 一々再定義するということは、一度別のルールに切り替えたら、もう一回同じものを定義し直さなければ使えないということである。




 確信に至ると同時に、エレンは不敵に笑った。




「なんだ。種さえわかれば、デメリットの方が大きいじゃないか」


 


 


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