第117話 分が悪い戦いの中で
――そこから先は、激戦だった。
シエンと俺では、個人の力量において俺に軍配が上がる。
だが、人智を越えた力を二つもつという点で、総合的にはシエンが圧倒的に有利だった。
今まで無敵の力を誇っていたように思う“
故に、天使や悪魔の権能たる《聖剣》《魔剣》と真っ向からぶつかれば、押し負けるのだ。
結構、十八番だったりするんだけどなぁ。
張った側から割られていく“
僅か五分未満の攻防。
しかして、俺は一撃も彼女に与えることは敵わず、俺の方は全身切り傷だらけであった。
シエンが懐に飛び込んできた。
左手に携えた《聖剣》が迅速で振るわれる。
「っ!」
俺はそれにカウンターを合わせるようにして、《魔剣》で受け止めた。
凄まじい衝撃波が生まれ、ステージ上を舐め回すように波及する。
その爆発の中心で、シエンはぽつりと呟いた。
「僕は、負けるわけにはいかない」
「……」
「だから、あなたが負けて」
「はっ、お断りだ」
俺は、彼女の懇願を斬り捨てた。
シエンの瞳が、一瞬捨てられた子犬のように揺らぐ。
「君にも理由があるように、俺にも負けられない理由があるんだ」
別に重いものを背負っているわけではないけど。
こっちだって、これからの人生をこの大会にかけているのだ。
シエンは無言のまま、鍔迫り合いを辞めて飛び下がる。
一度距離をとった瞬間に、「――“我、彼者より速く”――」と呟いた。
漆黒の《魔剣》が、オレンジ色の光を放ち、彼女に力を与える。
瞬間、彼女が霞むように消えた。
俺を越える速度をもっての、斬撃か!
俺は直感のままに《魔剣》を振るう。
刹那、急に視界に現れた彼女の剣を、ギリギリで受け止めた。
が、完全には受け止めきれず余波が身体を切り刻む。
「ぐっは!」
脇腹から、パッと緋色が散る。
俺はギシギシと軋む身体の痛みに刃を食いしばる。
尚追い打ちをかけようとするシエンへ、俺も人智を越えた権能をぶつけた。
「くらえ! “
相手の動きを鈍らせる、“怠惰”の真骨頂。
“傲慢”が自身と世界へのバフだとするならば、こちらは対象へのデバフ効果を発揮する。
追撃しようとしていたシエンの速度が、がくんと落ちる。
「っ!」
「そこ!」
俺は《魔剣》を振るい、僅かに生まれた隙へ剣撃をねじ込む。
が――
シエンも反射的に《聖剣》を古い、光の帯が至近距離で放たれる。
白と黒がぶつかりあった反動で、俺は後方へ吹き飛ばされた。
「ぐっ!」
ゴロゴロとステージ上を転がった後、なんとか体勢を立て直して剣を正眼に構える。
シエンは――未だ健在。
忌々しいほどに強いヤツだ。
「これは……ほんとにヤバいかも」
つーと、口の端を伝う血を袖で拭いつつ、俺は呟く。
「どうして、そこまでするの」
「?」
シエンが、急に呟いた言葉の意味がわかりかね、俺は眉根をよせる。
言われて、俺は自分の状態を鑑みた。
買って貰ったダークコートは既にあちこちが擦り切れ、ほつれ、無残な状態になっている。
何回もシエンの斬撃が身体を掠めたことで、あちこちが血に染まっていた。
別に致命傷ではないが――俺はまだ、シエンに一撃も与えられていないことえを考えると、ある意味絶望的な状況なのだろう。
しかし、俺としては問題ない。まだ戦える。
そう。なにせ、痛いのは嫌だが新たな可能性に目覚めたからだ。
あ、目覚めたって、痛みに快感を覚えるマゾとかの方ではなく。
切り刻まれれば、入院という形で合法的に学校を休める!!
なに? 回復魔法があるから入院もクソもない?
知るかそんなもん! 「一回の回復魔法じゃ完治しませんでした」とでも言っとけば問題ないわ!
こほん。とにかく、現状はウェルカムなのだった。
「まあ、どれだけ傷を受けようが、負けられない理由が俺にはある」
大会なんて、言ってしまえばエゴとエゴのぶつかり合いだ。
名声を手に入れたい、力を示したい、お金を得たい、強いヤツと戦いたい。
そういう我が儘で強欲な奴等が集まるのが、この大会なのだ。
ならば、彼女の望みは――?
「そう言う君は、優勝して何を手に入れたいんだ」
「お金」
うん、まあ知っていた。
お金も立派な欲だ。決して自分を正当化しようとかそういうわけではなく、自分自身の望みに正直でなければ、魔法剣士として命なんてかけられないからな。
しかし、次に放たれた言葉で――俺は一気に冷めてしまった。
「僕は、パパのために、お金を得たい。だから、優勝しなくちゃいけない。戦うのが嫌で嫌で、仕方なくても……」
「……は」
パパの、ため?
確かに、お金を求めるにしては、やけに欲望が無さそうだなと昨日から思っていたが、自分のためではない、と?
てことは、たぶん。
ああ――なんだ。そういうことか。
俺は、ほぼ無意識に吐き捨てていた。
「くっだらな」
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