第101話 ファーストラウンド part.f

 高速で肉薄するリーシス先輩。


 真正面からぶつかっても負けはしないだろうがダメージは負う。


 気配を消しても悟られる。




 いっそ“俺之世界オンリー・ワールド”でまとめて防いでしまっても……とも思うが、それはあくまで防御のための手段であり、ここで決着を付けることは叶わない。




 やるなら一つ。


 




 覚悟を決めた瞬間、俺は剣にありったけの魔力を込める。


 それから腰を落とし、居合い斬りをする格好に――




「ふっ、貴様が得意とする一撃の抜刀術か! 確か遙か東方の剣士がそのような技を得意とするようだが――その程度で余の進撃は止められん!」




 リーシス先輩の速度が更に上がる。


 彼我の距離は瞬き一つの間に詰まり、リーシス先輩は居合い斬りごと叩き割ろうとするように、剣に莫大な魔力を込めていく。


 そして――俺は唐突に、居合い斬りの格好を崩した。




 予備動作なしに、まるで道の端に置いてある公共のゴミ箱へ紙くずをポイするような自然な動作で、俺は剣を投げる。


 ただし、そのポイ捨てに見える速度は、1/100秒くらいにコマ送りしないとそう見えなかっただろう。




つまり何が言いたいかと言うと、俺は流れるように自然に、ポイ捨て100倍速で剣をリーシス先輩めがけて投げたのだ。




「……あ?」




 リーシス先輩の口から疑問の声が上がる。


 その瞬間、彼女は何が起きたか理解できなかったのだろう。




 だって、居合い斬りをしようと低く構えていたはずなのに、その体勢を崩し、あまつさえ得物を投げてきたからだ。


 そして、剣士としての先入観として、“剣を投げるなど有り得ない”というものもあったのだろう。




 まして、魔法がある世の中。


 ただの剣を投げるまでもなく、魔法を使えば済む話。


 その認識の齟齬が、致命的な思考の空白を伴って、リーシス先輩を苛む。




「くっ……ぁああああああああああああ!!」




 だが、伊達にここまで勝ち上がってきた人ではない。


 叫びと共に無理矢理思考の空白を埋めようとしたのだろう。


 途切れかけていた意識を強引につなぎ、ほぼ反射神経だけで剣の軌道を変える。




 俺を斬り捨てるための格好から、向かってくる剣の迎撃へ。


 彼女は全身の筋肉が千切れそうな格好で無理矢理に飛翔する剣へ、自身の剣をたたき付ける。




 ガキィイインという金属と金属をぶつける音が響き渡り、俺の投擲した剣は明後日の方向へ弾き飛ばされた。




「今のはなかなか危なかったぞ」




 空中で身を捻り、体勢を整えながらリーシス先輩はそう賞賛する。


 


「だが、あれで余が止まると思――」




 そこで、彼女の言葉が唐突に途切れた。


 どさくさに紛れ、リーシス先輩まで手が届く距離まで潜り込んでいた俺と、至近距離で目が合ったからだろう。




 俺が剣を投げたのは、彼女を視野狭窄に陥らせるため。


 予想外の危機が迫ったとき、その人の思考は引き延ばされ、視界にはそれしか移らなくなる。


 そして、彼女はその対応をするために、無理な体勢を取らなくてはならない。




 もし俺が、剣を投げたままその場で止まっていたら、コンマ一秒の間にリーシス先輩は体勢を立て直して、俺の懐へと迫っていただろう。


 だが、そのコンマ一秒を待つ俺ではない。リーシス先輩にできることは、俺にもできる。




 コンマ一秒の価値は、この場において平等なのだ。




「楽しかったですよ、デート」




 俺は、精一杯の感謝を込めて、強化した掌を振り抜いた。


 


「なるほど……」




 リーシス先輩は、己の方へ向かってくる攻撃を認識した上で、満足げに微笑み、




「それはよかった」




 直後。


 肉を撃つ鈍い音が響き渡る。


 迅速で振り抜かれた掌底しょうていの一撃が、リーシス先輩の鳩尾へと吸い込まれる。




 身体強化で防御力が上がっているため肉体にダメージが入らないが、その衝撃までは受け止めきれない。


 その一撃がリーシス先輩の意識をあっさりと刈り取った。




「――試合終了! リーシス選手、アダムス選手共に戦闘続行不能。よって、勝者はリクス選手!」




 司会の女性の声に続き、歓声が溢れる。


 そんな中、気を失って倒れるリーシス先輩は、なんだかよくわかんないけど、満足そうな顔をしていた。




 備考


 ――Aブロック最終戦――


 決勝出場者:リクス=サーマルに決定。


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