第102話 結託する意志
《三人称視点》
「勝ったか……」
「はい、流石はリクスさんですわ」
選手控え室で試合の様子を見守っていた2人の女の子が、安堵にも感嘆にも似た息を吐いた。
1人は薄紫色の髪をポニーテールにまとめ、どこか軽薄そうな見た目の中に凜とした空気を纏っている少女。現役の王国騎士団副団長のエレン。
そしてもう1人は、美しい金髪の縦ロールに碧眼という美少女、サリィである。
2人とも、5分後の最終戦に挑むため、本来であれば別々の控え室にて待機していなければおかしいのだが、サリィの方からエレンの控え室へやって来ていた。
もちろん、すぐに出場できるようきちんと準備を終えて、ではあるのだが。
サリィがやって来た理由は、エレンに提案があってのことである。
だが、その話し合いの最中、映像転写魔法で壁に映し出された、Aブロック最終戦の戦いの様子――もとい、気になる男の子の奮闘に、目を奪われていたわけだ。
「第9位と第5位を相手に、あそこまで一方的な試合になるかぁ。やっぱり底が読めないね、彼は」
エレンは素直にリクスを褒めた上で、イスから立ち上がる。
ぼちぼち出陣する準備を進めるべく、壁に掛けてあった剣を手に取った。
「それで……ウチに話があったんだろう?」
そうしながら、エレンは止まっていた話題を振る。
どんな内容であるかは、粗方予想が付いていた。
「は、はい。騎士道精神溢れるあなたに、こんなことを言うべきではないのかもしれないですけど……ワタクシに協力していただけませんか?」
その台詞だけで、エレンは元々の予想が確信へと変わった。
「ふむ。とすると、キミとウチで共闘して、彼女……えっと、シエン? を倒さないかってことかな」
その言葉に、サリィは申し訳なさそうに頷いた。
三つ巴の決勝戦におけるチーミングの提案。
そんなもの、大会運営も禁止しているだろ、と思うかもしれないがそんなこともない。
この世の中において、単なる実力だけでは渡っていけない。
時に運が大きく左右し、人望のあるなしが関わってくることもある。
そもそも皆平等を唄うのなら、勝ち上がりのトーナメントではなく、総当たりにするべきなのだ。
ひょっとしたら、一回戦でBさんに負けてしまったAさんが、優勝したCさんに勝てる可能性を秘めていたのかもしれないのだから。
自分のよく知る人物が同じ試合にいること。
人望がなく、相手にチーミングを許してしまうこと。
それ自体がもう運の左右する要素であり、戦う前から始まっている勝負だ。
だから、卑怯も
故にサリィはその点を心配していなかった。
問題は、現役の清廉潔白な騎士であるエレンが、卑怯にも見える真似をあっさり承諾してくれるかだ。
もしもこの情けない提案にエレンが憤れば、その時点で彼女はサリィを真っ先に消そうとするだろう。
だから、この提案は彼女にとっては博打だった。
「……ひょっとして、ウチがキミに幻滅するかも、とか思ってる?」
「!」
いきなり図星を突かれ、サリィは僅かに固まった。
その変化を肯定と受け取ったエレンは、短くため息をついて、
「騎士道精神、ね。悪いけどウチはそんなもの持っていないよ。ていうか、そんなの持ち込んでたら、たぶんウチはとっくに墓の下だ」
騎士道精神。
常に一対一で、正々堂々、同じ得物で戦うことこそ騎士の本懐。
そんな風に言っているヤツがいるのなら、エレンは鼻で笑っていたことだろう。
騎士は確かに民衆にとっての正義の側だ。
だが、正義と潔白とは結びつかない。
敵はいつでも自分たちと同じ人数がいるわけじゃない。
敵の方が少なかったら包囲して殲滅する。多かったら敵の勢力を分断して小分けにしたあと、大人数で各個撃破していく。
卑怯? 騎士らしくない?
そんな寝言を吐いているヤツは、戦場に出た瞬間その甘さ故に命を絶たれる。
民衆を人質にとった敵に対し、「卑怯だぞ! 正々堂々勝負しろ!」などと叫ぶつもりだとでも言うのか?
そんなのは清廉潔白でも優しさでもない。ただの臆病者だ。
卑怯だと思うのなら、人質ごと貫けるだけの覚悟を持って、しかし人質を傷つけずに敵だけを倒せる力を付ければいい。ただそれだけの話じゃないだろうか?
だからエレンは、サリィの提案を受け入れる。
今回ばかりは恥も外聞も捨てて、挑まなければならない。
あのシエンという少女には、まだ何かが隠されている。
「その提案を受け入れよう。たぶんアイツはヤバい」
数々の死線をくぐり抜け、『ロータス勲章』まで授与された紛れもない強者の心臓が、警鐘を鳴らすほどに。
エレンは、自らその右手を差し出す。
「ええ、よろしくお願いしますわ」
サリィもまた、力強くその右手を握り返した。
大会の裏において。
密かに、シエンVSエレン&サリィの構図が出来上がったのだった。
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