第3話 リクスVS姉

《三人称視点》




 エルザは、昨日壁を吹き飛ばして事実上の大広間となった空間を通り、最奥にあるリクスの部屋へと向かった。




「リクスちゃん、いつまで寝てるのぉ? もう学校に行く時間……」




 エルザがリクスの領域へやに入ろうとした瞬間、鋭い衝撃が彼女の額に弾けた。




「痛ぁっ! んもう、何よ」




 エルザは額を抑えて、一歩後ずさる。


 それから、おそるおそる手を伸ばすと、透明の何かに阻まれた。


 丁度リクスの部屋との境界線に、見えない壁が張り巡らされているようだ。




「これは、リクスちゃんの“結界”ね……猪口才だわ」




 エルザは忌々しげに吐き捨てる。


 リクスの固有魔法。


 自分の聖域へやと定めた空間を守る、魔力結界。


 その名も――“俺之世界オンリー・ワールド”。




 あまねく侵入者を防ぐ、絶対的な拒絶の障壁。


 まさにリクスの“引き篭もりたい”という強い思いが力となった固有魔法である。


 エルザは、敷きっぱなしの布団を見る。


 青いまだら模様の掛け布団はこんもりと膨らんでいた。




「ふ~ん。リクスちゃんがその気なら……容赦しないわよぉ」




 エルザの赤い瞳が、烈火の如く燃えあがる。


 それから聖剣、《火天使剣ミカエル》を召喚し、その魔力の塊で出来た刀身に、炎を纏わせる。




「さっさと起きなさいリクス! でないと、朝ご飯抜くわよぉ!」




 最後通告を発するエルザ。


 昼近くに起きるのがデフォルトのリクスには、「朝ご飯を抜く」という脅しは効果が無い。


 しかしそうとは知らないエルザは、障壁の向こうに何の反応もないのを確認すると、聖剣を大きく振りかぶった。




 ガッシャァアン。


 ガラスが割れ砕けるような音を立てて、リクスの絶対的な防御結界が破れた。




「――ッ!」




 部屋の中に隠れているリクスが、その様子に目を剥く。


 その僅かな気配を敏感に感じ取ったエルザは、弟がまだこの空間にいることを察した。




「ここってことは……ないわよね?」




 エルザは、布団をめくる。


 案の定、こんもりと盛られた掛け布団の下は、丸めた薄手の掛け布団と枕だった。


 両親が死んで、もう長いことリクスと二人暮らしのエルザは、弟の(捻くれた)性格を熟知している。




 この布団がダミーであることはわかっていた。




 とはいえ、どこにいるのか正確な位置がわからない。


 これもリクスの固有魔法――“留守之番人イレース・ガード”。


 


 いないようで居る、完璧な気配消去の魔法だ。


 何人もリクスの居場所に気付くことができない、最強の隠匿魔法。


 居留守の極意を極めたリクスは、この魔法を息を吸うように発動できる。




 が――リクスは一つ間違いを犯した。


 最初からこの“留守之番人イレース・ガード”だけを使っていれば、エルザの目から逃れることができたかもしれない。




 だが、“俺之世界オンリー・ワールド”も使ってしまったことで、まだこの部屋にリクスがいると、暗に伝えてしまった。


 その結果、エルザの意識はこの部屋だけに向けられているのである。




 勇者として研ぎ澄まされた感覚と、“私の弟ならこの場所に隠れる”という思考が、エルザに、完璧なまでの索敵能力を与えた。




「であれば、ここしかないわね……!」




 エルザは、炎を纏った聖剣で、天井を思いっきり突いた。


 


「ぎゃあ!」




 慌てたような声と共に、天井が砕ける。


 直下にいたエルザはさっと避け、次の瞬間天井の破片と共にリクスが落ちてきた。




「熱ッ! し、尻が焦げた! 姉さんちょっとやりすぎ! もう少しで串焼きになるところだったんだけど!?」


「往生際が悪いからそうなるの。自業自得よぉ」




 エルザは満足そうに笑う。


 そして――リクスの方に顔を近づけた。




「それより、早く準備しなさい。試験に間に合わなくなるわよぉ」


「あ、イテテ……急にお腹が! これじゃあ今日の試験は無理――」


 


 そのとき、リクスの声が止まる。


 音もなく、エルザの剣がリクスの首筋に当てられていたからだ。


 


「何が、とは言わないけど、垂れ流してでもいきなさい」


「……まじかよ」


「何か言った?」


「いえ、なんでもありません」




 リクスは諦めた。


 仮病も使えないことを理解したからだ。


 そして、抵抗も虚しく彼は王国最難関の英雄学校の編入試験を受けるため、急いで支度をして出発したのだった。

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