第110話 カオスな昼ご飯タイム

 エレン先輩とサリィと合流するなり、俺達は《メルファント・ベース》を出た。


 会場内にも売店はあり、弁当などを売っているのだが、それは無視した。




 理由は二つ。


 一つ目は、会場が大盛況でメチャメチャ混んでいたこと。


 弁当など一瞬で売り切れてしまうと悟ったからだ。




 そしてもう一つ。


 こうなることを予見していた主催者側が、無駄にぼったくって弁当を売っていたことだ。




 ただの焼き魚弁当に1500エーンは、流石にちょっとないだろう……。


 ここメルファント帝国はラマンダルス王国と違い海にも面しているので、仕入れ値が高いとも思えないのだ。




 そんなわけで、ボロ儲けしたい商売根性丸出しの奴等の懐を潤すための協力をする気にはならず、外で食事をとることにしたのだ。


 ――のはいいのだが。




「どこも混んでるな」


「ですね」




 リーシス先輩のつぶやきに、俺も頷いた。


 考えることは皆同じ、ということか。


 


 俺達のように、外で食事をとることを決めた人達が、あちこちのレストランやカフェに群がっていた。


 まあ、お店側もそれを見越して《選抜魔剣術大会記念、全品20%OFF!》とか大々的に宣伝しているし。


 こうなることはやぶさかではないのだろう。




「どこも混んでるけど、どうす――」




 俺は反射的に後ろを振り返って、そのまま言葉を引っ込めた。


 後ろからついて来ていたのは、当然サリィとエレン先輩だが、なんだかいつもと様子が違う。


 


 生気が無いゾンビみたいな雰囲気を纏っている。


 まあ、その理由は概ね察しが付くのだが。


 せっかくの美人がもったいないですよ~、とか言えればカッコいいんだが、生憎と俺にそんなキザスキルはない。




 あと、今そんな冗談めいたお世辞(本音だけど)が、通用するとは思えなかった。




「え? お昼? うん、なんでもいいよ」


「……というか、特に食欲ありませんわ」




 2人とも同時にため息をつく。




「む。まあ、無理もないな。為す術も無くやられたんじゃな」


「ちょ、リーシス先輩!?」




 いきなり地雷を踏む勢いで、傷口に塩を塗りたくったリーシス先輩に、俺はぎょっとする。


 そんなこと言ったら、2人が喚き散らすに決まって――




「ふ、はは……そうだね。まさかああも簡単に負けるとは思わなかったよ。なんだか、自分の存在意義を失った感じ」


「ええ。リクスさんという素晴らしい師匠を持ちながら、恥ずかしい限りですわ。穴があったら入りたい……」




 あ、あるぇ?


 怒るどころか、さらに落ち込んでしまった。


 ていうか、いつから俺はサリィの師匠になったんだよ!? 初耳だぞそれ!




 いろいろとツッコミたい部分はあるが、とりあえずわかることは、2人のメンタルは“食事どころではない”ということだろうか。




 と、そのとき。


 どこからともなく美味しそうな匂いが漂ってきた。


 見れば、広い道の真ん中に、ベンチやパラソルが等間隔で並べられた公園のような場所があり、そこに人だかりができている。




人だかりができている先に、一件の出店が見えた。




「なんだあれ……」


「ああ、“メルファント・バーガー”の屋台だな。海に面したこの国では、名物って感じだな。ジューシーなエビのカツフライに、魚の皮に少し身を残した状態で薄くスライスしたものを、かりっと焼き上げた“フィッシュベーコン”や新鮮な野菜をパンに挟んだものだ。ヘルシーなものもあるし、栄養もしっかりとれるから老若男女問わず人気の品だな」


「おー、流石はこの国のお姫様。詳しいっすね」


「まーな」




 リーシス先輩は得意げに腰に手を当てる。


 


「あと、注文してから完成するまでの時間が短いのが特徴だ。そんなに待つ必要がないのが利点だな」


「そうですか、ならもうそれにしましょう」




 俺は、面倒くさいからそう決めてしまった。


 後ろの2人には確認をとらない。だって、食べる気はなさそうだし。


 そう判断して、俺達は屋台で無事昼食を買ったのだが――




「――マジかよ」




 20分後。


 俺は、食べかけの“メルファント・バーガー”を片手に、思わずジト目で呟いていた。


 俺の視線の先には、同じく“メルファント・バーガー”にかぶりつく、エレン先輩とサリィの姿が。




 そして、その周囲には10個分近い“メルファント・バーガー”の包み紙が転がっている。




「あの……食欲湧かないんじゃなかったっけ?」


「いやいや弟君! 人が美味しそうなもの食べようってのに、自分だけ指をくわえて見てるなんて、そんなことできるわけがないでしょう! はぐはぐ!」


「そうですわ! この青のりが香るエビのカツフライの弾けるような旨み。カリッと焼き上がった“フィッシュベーコン”! 噛めば噛むほど広がる野菜の甘みに、魚のエキスをたっぷり使った特性ソースがよく馴染む! こんな素晴らしい一品を前に、些細なことで落ち込んでいるわけにはいきませんわ! もぐもぐ!」


「あ、そう……よかったね」




 俺は、隣に座ったリーシス先輩と顔を見合わせて、同時にため息をつく。


 なんだか、こちらの方が食欲がなくなってくる気分であった。

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