第156話 編入生最強同士の戦い(Ⅱ)

 速っ!?


 


 どんなもんかと様子を見ていた俺だったが、思っていたよりも数段強くなっていることに驚き、咄嗟に“身体強化ブースト”で強化した手を動かす。


 喉元に迫るレイピアの切っ先は、模擬戦用に潰れているが、それでも喉を突かれれば負傷は免れない。




 俺は間一髪で、レイピアの刀身を左右から挟み込み、白羽取りに成功した。




「そ、そんな攻撃じゃ俺には届かないぞ」


「流石はリクスさんですわね。全身のバネを使った渾身の一撃だったのですが……」


「はっはっは……精進することだな」




 高笑いしているが、内心では冷や汗ダラダラだ。


 こちらとてまだ本気は出していないが、以前サリィと戦った時を基準にしていたから、あまりの成長速度に舌を巻いていたのである。




「さて。これでレイピアは封じたが、どう動く? 少なくとも近接格闘戦は諦めた方が――」


「いいえ。そうはいきませんわ。火魔よ、得物に絡みて赤き衣を纏え――」


「っ! その魔法は!」




 俺はサリィの紡ぐ呪文に危機感を覚え、咄嗟にレイピアの刀身から手を離して飛び下がる。


 刹那。




「――“ファイア・エンチャント”!」




 サリィの呪文が完成し、魔法が起動した。


 赤い炎が、まるで蛇のようにレイピアの刀身に纏わり付いて燃焼する。




 中級火属性魔法“ファイア・エンチャント”。


 熱耐性の低い武器や防具に使うと、武具をダメにしてしまうという欠点こそあるが、武具に燃焼効果が付与されるため、単純に攻撃力が上がる魔法だ。




「くっ、流石に避けられますか」


「そりゃ、目の前で朗々と呪文を紡いでたら、流石に警戒するよ」


「上級魔法でも関係なく無詠唱で起動できるあなたが、羨ましいですわ」




 愚痴を言いつつも、サリィは油断なく俺を睨んでいる。




「けれど、ワタクシだって、このままやられるわけにはいきませんわ!」




 サリィは再度、“身体強化ブースト”に惜しげも無く魔力を注ぎ込み、突進してきた。


 が、根本的な問題を忘れてはいけない。


 俺達はお互いに“身体強化ブースト”を起動しているため、身体能力はほぼ互角。だが、俺には彼女には使えないものが使える。




「“ラピッド・ムーヴ”」


 


 俺は、焦ることなく風属性中級魔法“ラピッド・ムーヴ”を起動し、軽く地面を蹴った。


 刹那、喉元に迫った切っ先が遠ざかる。


否、俺の身体ガ、数メートル後方へ移動したのだ。サリィの突きよりも、速い速度で。




 “ラピッド・ムーヴ”は、行いたい動作を、風を起こして強制的に加速させる魔法だ。


 たとえば、回し蹴りを行うときにこの魔法を起動していると、蹴りの速度が風の煽りを受けて加速し、威力が上昇する。


 動きの動作や攻撃の威力が一段上がるのだ。




 よって、サリィよりも速い速度で動くことができるのである。




「くっ!」


「いかに強力な攻撃も、当たらなければどうと――」


「はぁあああああああ!!」


「ちょ、最後まで言わせてぇえええええええ!!」




 間髪入れずに攻撃を仕掛けて来るサリィに気圧されたが、それでも速度はこちらの方が圧倒的に上。


 俺は攻撃が届かないよう十分に距離をとり、飛び下がる。


 しかし――ふと、踏みしめる地面の調子が変わった事に気付いた。


 グラウンドのように硬い地面だったのが、草が生えている湿った土壌へと変わっている。




 どうやら、サリィの攻撃を躱して飛び下がる内に、中庭の外縁部まで来てしまったようだ。


 このまま後ろに下がれば、場外負けもある。


 これ以上下がることはできない。




「追い詰めましたわ……!」




 サリィは、不意に口元を服の袖で覆う仕草をしつつ、魔力を高めていく。


 レイピアを包む炎の温度が上がり、周囲の空気が歪んで見えた。




 サリィは、一切の隙も見せぬまま頭部めがけて渾身の突き攻撃を放つ。


 仕方ない。この攻撃を躱して、隙ができたところを蹴り飛ばす――




 そう思い、首を振って攻撃を躱した俺は、愕然とした。


 確かに、攻撃を躱したはずだった。




「あっつ!」




 俺の頬を鋭い痛みが駆け抜け、ジリジリと焼き焦がすように傷口が発熱する。




 なぜだ。俺はサリィの攻撃を見切って、確かに避けたはず。


 なのに、灼熱したレイピアの刃が、俺の頬を掠めるなんて――、……まさか!?




「蜃気楼か!」




 俺は思わず叫んでいた。


 レイピアが纏う炎の温度が増したことで、周囲の空気との温度差が強くなり、光が大きく屈折した。


 結果、俺の目に映るレイピアが、異なった位置に見えていたのだ。


 炎の魔法を使った錯覚に、まんまと嵌まったわけだ。




くっ! けど、これで相手に攻撃後の隙が出来た! ここを攻撃すれば――




「チェック・メイトですわ」




 不意に、サリィがそんなことを言った。


 袖で隠していた口元を曝け出して。


 いつの間にか、彼女の右手には膨大な水の塊が生まれていた。




「なっ!」




 俺は愕然とする。


 どう見ても、詠唱の要らない初級魔法のエネルギーじゃない。明らかに上級クラスの魔法だ。


 しかし、彼女に詠唱する素振りなんてなかったはず――


 そう思ったとき、俺は相手の術中に嵌まったことに気付いた。




「まさか、袖で詠唱する口元を隠して!?」


「ご名答ですわ。切り札はいくつも用意しておくもの、ですものね」




 それは、かつてサリィが俺に負けた要因である。


 それを克服するばかりか、高いレベルで昇華してみせた。本当に、




「成長が早すぎる」




 俺はしみじみと笑いを浮かべ。




「水属性上級魔法、“フラッド・ストリーム”!」




 志向性を持った水の大砲が、至近距離で放たれ――俺の視界を覆い尽くした。


 そして――


 


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