第165話 シエン親衛隊
「……おい、あんちゃんよぉ」
不意に、低い声がその場に響き渡った。
「んだよテメ――」
苛立ち混じりに威嚇しようとしたバラガスが、後ろを振り返って息を飲む。
それもそのはず。
三年生と思われる身長2メートル近い大男が、バラガスを睨んでいたからだ。
「どういう了見か知らねぇが、彼女をいびり倒すとは良い度胸だな?」
「いや、それは……その……」
「ああん? 声が小さくて聞こえねぇなぁ? もう少し声張ってくれねぇと。なあ、お前等」
大男は、後ろを振り返ると、ほぼ同時に「「「「いぇす!!」」」」という複数人の声が聞こえた。
大男の後ろに、配下であるかのように控えて横一列に並ぶそいつらは、まるで軍隊か怪しい教団みたいだ。
「あの人達、何者なんでしょう……シエンさんを庇ったみたいに見えましたけど」
横で見ていたフランが、小声で問いかけてきた。
実は、あいつらの正体を知っている。つい最近発足したばかりの、ある意味怪しい宗教団体である。
「ああ、あいつらはな……なんていうか、変態集団だ」
頭を抱えつつ俺がそう答える先で、大男に気圧され萎縮してしまったバラガスが、「い、行くぞ!」と共犯の女子2人を引き連れて逃げていった。
それを睨んで見送っていた大男だったが、バラガス達の姿が見えなくなった途端、ザッと音を立ててシエンの足下に跪いた。
しかも、その大柄の生徒だけではない。
横一列に立っていた生徒全員が、大柄の男子生徒に続いて跪いている。
「このジョーワン、シエン様の露払いをさせていただきました!」
「ん、ありがと。でも、僕のためにそこまでやらなくていいよ?」
シエンは、相変わらず眠そうな目で答える。
「いえ、是非やらせてください! 我々はあなた様の忠実なる僕しもべ降りかかる火の粉は我々が全て払いのける所存!」
「「「「全ては、シエン様のために!!」」」」
一言の狂いもなく、ぴたりと揃った声で言う配下達。
「な、なんなんですか……あれ」
一部始終を見ていたフランは、ドン引きしたように呟いた。
「だから言ったでしょ。変態だって……」
俺はため息をつきつつ、言葉を続けた。
「つい先日の土曜に発足した、シエン親衛隊……を名乗るファンクラブだ」
「え。そんなのできてたんですか?」
「ああ、そうみたい」
俺はやれやれと肩をすくめて見せた。
なんで俺がそんなことを知っているかと言うと、シエンが「ファンクラブができた」と俺に通信魔道具で報告してきたからだ。
なんでも、自主練やテスト勉強で学校に来ていた生徒達向けに土曜も解放している食堂で売り子をしていたところ、ジョーワン先輩に「是非とも配下に加えて欲しい」と土下座されたらしい。しかも、おまけとしてシエンにゾッコンな男女数十名もセットで。
普通ならそんなの断るところだが、今までの人生から人との距離感がイマイチわからないシエンは、二つ返事で了承してしまい――この有様というわけだ。
余談だが、シエン親衛隊を名乗る面々は、右足首に紫のミサンガを巻き、左肩に紫のスカーフを付けている。なんとも奇抜なファンクラブができあがったものだ。
「ちなみにだけど、あのジョーワン先輩とか言う筋肉モリモリマッチョマン、どっかで見た覚えない?」
「え? えーと……あ! 先週食堂でシエンさんに投げ飛ばされてた、三年生の先輩!?」
「そ」
フランが気付いたとおり、シエン親衛隊の隊長は、先週シエンに一撃で壁にたたき付けられて失神した大柄の男子生徒である。
なんでも、その一撃でシエンの強さに惚れ込んだらしい。
なんというか――シエンも厄介なヤツに好かれたなと、同情してしまう。まあ、本人は満更でもなさそうだから、いいんだけど。
「――またトラブルに巻き込まれたら、俺達を頼ってください」
「ん、そうする」
ジョーワンのありがた迷惑な申し出に、やはり表情を変えず応じるシエン。
「俺がいないときは、副隊長のニトウ。もしくは隠密頭おんみつがしらのキンに声をかけてください」
ニトウと呼ばれた細い身体の少年と、キンと呼ばれたポニーテールの少女が小さく頭を下げた。
どうやら、ジョーワン、ニトウ、キンがこのファンクラブの階級トップ層らしい。
「わかった。困ったときは頼るかも」
「はっ、有り難き幸せ」
「シエン様の命とあらば、なんなりと」
ニトウとキンは、それぞれ慇懃に挨拶をしたのだった。
そんな様子を陰で見守る俺達はというと。
「――シエンさん、大物になったね」
「ああ。元々大物ではあったけど……」
俺とフランは、互いに顔を見合わせてため息をつくのだった。
まあとにかく、シエンは退学させられる心配は無さそうだ。ガードが鉄壁過ぎてむしろ相手に同情するな。
あとは、テスト当日に俺達の手で敵を返り討ちにするのみだ。
俺達に喧嘩を売ったこと、後悔させてやる。
俺は、ニヤリとほくそ笑んだのだった。
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