第164話 言質、いただきました。

 なんてことはない。


 この展開は元々予測できていたことだ。


 俺達が反撃できないこの期間を有効活用するには、アイツの協力が必要不可欠。




 昼休みになると、俺とフランは学食へ向かった。


 ただし、買うのは一食500エーンの定食ではなく、一つ100エーンのサンドウィッチ二つである。




 うん、これいいな。


 定食より安いから、食費が浮く。ニート生活のため貯金しているから、助かるというものだ。


 たまごサンドを頬張りながら、俺はそんなことを思った。




 ちなみに、俺達は今テーブルに座って食べているわけではない。


 少々行儀が悪いが、売店から死角になる位置にある壁の裏で、顔だけ出して売店の様子を窺っているのだ。


 片手で食べられる軽食であるサンドウィッチを選んだのも、そのためである。




「今のところ、動きはないですね……はむっ」




 売店の方を注視しつつ、フランはハムサンドを口に運ぶ。


 なんでだろう。立って食べてるから本来行儀が悪いはずなのに、上品に食べるものだから全く不快感がない。


 むしろ、小動物の食事シーンみたいで可愛い。




 もごもごと口を動かし、売店を注視しているフランと俺の横を、1人の男子生徒が通り過ぎる。


 その男子生徒は、フランの方を見て頬を染めていた。




 うん、お前の気持ちよくわかるぞ。




「あ、リクスさん!」


「ふぁっ……な、なに」




 急にフランが俺の方を見てきたため、俺は思わず変な声を上げてしまった。




「どうやら、得物が釣れたみたいです」


「や、やっぱりな」




 俺は平静を取り繕いながら、フランの視線の先を注視する。


 今回、敵を釣る餌として用意したのは、わずか一週間で売店の名物看板娘へと駆け上がったシエンだ。(ちなみに、シエンがこの学校に来てから、売店の利用者数が30%も上昇しているのだが、それはまた別の話である)




 俺は、遠くに見えるシエンとそれを取り巻く男女集団の方へ目を向けた。




――。




「――おい! お前が来てから、学食が混んで仕方ねぇんだよ!」




 シエンを取り囲む生徒の内、1人が大声を上げた。


 そいつは言わずもがな、さっき俺とサリィに悪意を持って接してきたバラガスだ。




「ほんとそれ。マジでムカつくんだけど」




 青緑色の髪に切れ長の瞳をした、小柄でボーイッシュな見た目の少女がそれに同調する。


 アイツも同じクラスのラージャだ。


 そして、シエンの退路を塞ぐように立ち塞がる最後の1人は、ぼさぼさの白髪に濁ったブラウンの瞳が特徴的な、制服を着崩している少女だ。


 彼女もまた1年Sクラスの生徒で、名前は確かジェシカだったか。




 全員が全員、前に陰口を言っていた人達である。


 どうやら、アンドラスくんはこの場にいないみたいだ。まあ、彼は1人だけ俺達の見方をしてくれていたし、こういうことはしないだろう。




「まあ、予想通りの3人って感じか」


「教室で陰口を言っていた3人、なんですよね? 私はそのとき、全く気付きませんでしたが……それに気付くなんて、流石はリクスさんです」


「まあ、ね……(姉さんの機嫌を損ねないように必至だったから、敵意に敏感なだけなんだけど)」




 フランが、感心したように俺の方を見る。


 3人の情報は、前の邪魔者対策会議の時に友人達と共有してある。


 俺達を貶めようとしているヤツらの最有力候補なのだから当然だ。




「とりあえず、あの3人は、確定で俺達を貶めようと動いている連中ってことで良さそうだな」


「ですね……」




 フランが、俺の呟きに首肯した。


 今回は、たまたま、なんてことはない。


 明らかに悪意を持って、シエンに接している。




 聞いている限り、「お前が来てから学食が混む」とか「売り子のくせに列整理ができてない」とか、変ないちゃもんばかりだ。そして遂には、「目障りだからこの学校から出て行け!」とまで言っていて――




「はい、言質いただきました」




 遠くで聞いていた俺は、思わずほくそ笑んだ。


 シエンだけは、テストで退学にさせることができない。なぜなら彼女は、この学校の生徒ではないからだ。


 でも、俺の友人である以上、脅しの対象。つまり、テスト以外の場で退学させようと動くはずなのだ。




 「たまたま」とか「気のせい」とか、そういう言い逃れはさせない。退をおびき出すために、シエンには餌になってもらった。




 思ったよりも杜撰な方法だったから正直拍子抜けだが、これで俺達を狙うヤツらは絞れた。


 あとは、シエンが責められている状況をどうするかだが――




 俺が出て行って仲裁するか、それともシエンが1人で何とかするか。


 どちらのパターンがいいか考えていたそのとき、第三の選択肢が提示された。


 どうやら、俺が動く必要はないみたいだ。

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