第18話 リクスVSバルダ

《三人称視点》




 剣に魔力を纏わせたバルダが、瞬く間にリクスへと肉薄する。


 大きく振るわれる剣が、リクスの胴を薙ぐ軌道で横から襲いかかった。


 が、リクスは剣を縦に構えて刃を傾け、その剣を受け流して威力を削ぐ。


 間髪入れずにバルダの刀が返される。




 それを同じように剣で受け流すリクス。


 更にバルダは振るう剣速を早め、何度も何度も斬りかかる。


 バルダとリクスの間で、甲高い金属音が絶え間なく響き、剣閃が乱れ咲く。




 しかし、バルダの剣の悉くを、リクスは剣の角度を変えて弾き落とした。


 


 鋭角に襲いかかるバルダの剣を剛の剣とするなら、リクスのそれは柔の剣。


 バルダの攻撃を的確に捌き、最適な角度で緻密に捌いていく。


 故に――




(ちっ! 手応えのねぇ!)


 


 バルダは苛立った。


 全身全霊を込めて放った斬撃が、リクスの剣に難なくいなされているのだ。


 いや、相手も剣に魔力を通しているのだから、防御を破れないのは当然かもしれない。


 しかし、それにしたって手応えがなさすぎる。




 バルダは休みなく何度も何度も斬撃を放っているのだが、リクスは最小限の動きでそれを弾いている。


 端から見れば、バルダが一方的に攻め立てているように見えるが――それはバルダしか攻撃していないからだ。




 リクスは防御に徹しているが、余裕がある。


 それが証拠に、リクスの息は上がっていない。




(こいつ! 俺の攻撃に怯まないだと!?)




 いや、そんなわけがない。


 自分の実力は、Cクラスの中でもトップクラス。


 本当ならBクラス、果てはAクラスにも入れる実力を持っていると、バルダ自身自負している。




 だからこそ焦る。


 確かにリクスは、編入試験で上位ランカー二人を葬った。


 そのことばかり取り立てられて、リクスはもてはやされているが、それがどうにも気がかりなのだ。




 彼は勇者エルザの弟。


 上位ランカーを沈めたのは、予め仕組まれていた、期待を煽るための演出だったのではないかと思ったのだ。




 でなければ、身体能力強化を得意とする《速撃》の異名を持つエナが、魔力すら通していない刃折れの剣を投げられただけであっさり負けるはずが無い。


 何かしらのイカサマとパフォーマンスだと考えるのが自然だった。




 実際、この男からは強者特有の燃えるようなオーラを感じない。


 無気力、怠惰。


 そんな空気しか放っていないのだ。




 そして、だからこそ。


 バルダはこの現状に焦燥を感じていた。




(この男は、まさか本当に……とんでもない実力を!?)




 確信を持ち始めていたそのとき、踊る刃の向こうでリクスが呟いた。




「……マズいな」




 苦々しげに歪められたリクスの顔を見て、バルダはほくそ笑む。


 自分の攻撃はちゃんと通っている。そう確信したからこそ、余裕が生まれた。




「へっへへ……そうかよ。やっぱ堪えてんじゃねぇか!」




 バルダは自信を取り戻し、剣撃を更に速めていく――




△▼△▼△▼




《リクス視点》




「……マズいな」




 バルダの攻撃を捌きながら、俺はそう呟いた。


 そう呟いた理由は、たった一つ。


 ――こんなひ弱な攻撃で、どうやって敗北しろと!?




 剣に纏う魔力の操作も雑。


 刃を通すイメージをまるで考えていない力任せの剣なのに、その力さえも全く強くない。


 この程度、魔力を通していない剣でも余裕で受け流せるのだが、流石にそれをやってしまうと、周りに手を抜いたと思われる。


 


 勇者の弟だから期待していたのにこの程度かよ。と思わせたい俺としては、形だけでも本気と思わせなければならない。




 だから防戦一方になっているように見せて、「なかなかやるな、俺も本気を見せてやろう……」的な感じで、バルダの強さが一段階上がるのを待っていたのだが……全然そんな気配が無い。




 まさか、これが本気じゃ無いよな?


 そう思い、敗北するイメージがまるで浮かばず、焦り始めていたのだ。




「へっへへ……そうかよ。やっぱ堪えてんじゃねぇか!」




 と、バルダが何かよくわからないことを言った。


 そして、斬撃の速度が数パーセント上昇する。


 だが、本当に毛が生えた程度だ。


 これでどうやって戦闘不能になればいいのかわからない。わざと斬られたとしても、みんなに手を抜いたとバレてしまう。




 かくなる上は――っ!


 俺が覚悟を決めた瞬間、バルダが大きく剣を引き、突きのポーズをする。




「しまいだぁああああああああ!」




 全身全霊の力を込めているらしく、叫びながらその遅い一撃が俺の方へ迫ってきて――


 今だ!!




「“ウィンド・ブロウ”」




 剣先が迫るのに合わせて、俺は風属性の魔法を起動した。


 剣が狙う先――俺のお腹から、突風が吹き荒れ、俺の身体は後方に吹っ飛ばされた。




 決まった!


 秘儀、「相手の攻撃で吹っ飛んだように見せる作戦」が!




 端から見れば、バルダの突きで吹き飛ばされたように見えるだろう。


 完璧なタイミングで突風を放ったから、たぶん俺の敗北に仕組まれたカラクリに、誰も気付くことはあるまい。


 


「くっ……ふ、不覚。まさか、強力な一撃をモロに喰らうとは……!」




 ゴロゴロとステージ上を転がった俺は、俯せの状態でそれっぽく演技する。


 両腕をついて、立ち上がろうとするも、再び崩れ落ちる。俺はもう戦える状態じゃないというアピールだ。




 よし、これで俺の敗北は必至――




「そこまで! 勝者、リクス=サーマル!」


「……はぁ!?」




 不意にヒュリー先生が放った言葉に、俺は演技も忘れて飛び起きてしまった。




「ちょ、ちょっと待ってください! なんで俺の勝ちなんですか! 俺はバルダの攻撃を喰らって倒れたのに!!」




 周りからの拍手も無視し、俺はヒュリー先生に抗議する。


 が、ヒュリー先生はどこまでも爽やかな表情で言った。




「ええ、確かにそうですね。でも、彼はその強力な打突攻撃に自分自身も耐えられなかったようです。見なさい」




 ヒュリー先生が指さした先に――泡を吹いて気絶しているバルダがいた。




「……あ」




 たぶん、俺が至近距離で突風を放ったから、バルダも後ろに吹き飛ばされたのだろう。


 俺と違って攻撃のために隙を見せていたから防御が間に合わず、風魔法をノーガードで喰らったのだ。




 そして――この試合の勝利条件は、相手が戦闘不能になるか、敗北を認めるか。


 つまり、重傷を負った(ように見える)俺はまだ動けているが、気絶したバルダは既に戦闘不能判定というわけで――




「だから、あなたの勝ちってことですよ」


「そ、そんなぁああああああああああああああああああああああああああっ!!」




 俺の悲しみに満ちた絶叫が、辺りに木霊するのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る