第147話 休日の約束
「や、やっと解放されたぁ~」
一時間以上も保健室で足止めを喰らった俺は、ヨロヨロとふらつきながら、なんとか教室までたどり着いた。
サルムの机から、世界史Ⅰの教科書を借り、食堂まで戻ろうと踵を返して――
「ん?」
ふと、それに気付いた。
俺の机の上に、何か手紙らしきものが置かれていたのだ。
「なんだ、これ」
拾い上げてまじまじと見つめてみるが、表にも裏にも要件が書いていない。
差出人も不明だ。しかし、宛先が俺だというのは間違えようがなかった。
何せ、「リクス=サーマルへ」と、宛名のみ達筆で記されていたからだ。
俺は首を傾げ、中の便せんをとろうと封を開けた――そのときだった。
「い、いた! ようやく見つけました!」
息せき切って、フランが教室に駆け込んできた。
余程急いでいたのか、肩で息をしている。――というか、扉の端に手を突いて、前のめりの格好で息を整えているから、豊かな胸の谷間が若干見えてしまっている。
俺は動揺を隠しつつ、フランに問いかけた。
「ど、どうしたの? そんな急いで」
「どうしたの? じゃないですよ。一時間も帰ってこないから、心配であちこち探していたんです」
「あー……ごめん。ちょっと、保健の先生にこき使われてて。心配掛けてすまない」
いつから探してくれていたのかはわからないが、この様子では学校中を駆け回っていそうだ。
悪いことをしてしまったな。
「無事だったなら、それでよかったです」
「逆に、学校内で事件に巻き込まれる事ってないだろ」
つい先月テロ事件が起こったばかりだし、説得力がなさそうだが。
「いいえ。リクスさんは、良くも悪くも注目の的ですからね。悪意を持った人に絡まれても不思議じゃないです」
「そんなもんか?」
「そんなもんです」
ぷくーっと頬を膨らませるフラン。
もう少し英雄としての自覚を持てと、そう叱られているような気がした。
「わかったよ。今度から気をつける」
俺は苦笑しつつ、フランの頭にぽんと手を置いて、軽く撫でた。
サラサラの髪が、掌を心地良くくすぐる感触を少しの間堪能したあと、俺はフランの横を通り過ぎて外に出た。
「それじゃ、みんなのとこに帰るか。……フラン? どうした、ぼーっとして」
「……! なんでも、ないです。少しビックリしただけ、なので」
そう言って、我に返ったように慌ててついてくるフランの顔は、真っ赤だった。
――。
その後。
夕方六時頃まで勉強を続け、ぼちぼち帰る時間となった。
「ふぅー。だいぶ勉強が進みましたわ」
「そうだね」
大きく伸びをするサリィに、俺も頷く。
勉強をすることは大っ嫌いだが、なんとなく楽しかった。誰かと一緒に一つの目標に向かって突き進むのも、悪くないのかもしれない。
もっとも、一ヶ月前の俺なら鼻で笑うような話だろうが。
「でも、残念です。明日から二日間休日ですし。こうしてみんなで勉強することも、できないんですよね」
ふと、フランが寂しそうにそんなことを呟いた。
「そうだね。せっかくなら、どっちかの日にみんなで勉強したいとこだけど……」
サルムもまた、フランと同じ事を考えていたみたいだ。
流石は兄妹であると言うべきだろうか。
「……少し、提案があるのですけれど」
そのとき、自身の細顎に指を這わせて考えていたサリィが、おずおずと手を上げた。
「明後日、ワタクシの家で勉強会……というのはいかがでしょう?」
「「「え!?」」」
シエンを除く3人全員が、驚きの声を上げた。
その理由は単純。恐れ多いにもほどがある提案だからだ。
「サリィさんの家って……伯爵家ってことですよね?」
「はい。お父様に聞けば、おそらく許可してくださると思うんですが」
「僕達のような庶民が入っても、いいのかな?」
フランとサルムは、家柄もあってかなり気にしているようだった。
もう1人の庶民出身であるシエンは、「何? サリィってブルジョワなの? シャンデリアってやつ、見てみたい」と目を輝かせている。
「ワタクシは一向に構いませんわ。父も、昔から庶民を見下すことのないようにとおっしゃっていましたから、歓迎してくれると思いますわ」
「じゃ、じゃあ……お言葉に甘えようかな」
「兄さんがそう言うなら、私も……お邪魔していいですか?」
「もちろんですわ! 歓迎いたします!」
サリィは、特上の笑顔で微笑んだ。
その後、当日の予定は粛々と決まった。午前九時半に学校集合で午後七時に現地解散。
明後日の勉強会inサリィ宅の計画が決まったところで、今日の勉強会もお開きになった。
そこまではよかったのだが。いざ帰ろうと思ったとき、俺はサリィから爆弾を放られることとなった。
「そうそう。当日はマクラさんも誘ってくださると嬉しいですわ」
その言葉に、俺は凍り付いた。
――そう。俺とマクラは、現在絶賛喧嘩中なのである。
マクラとの仲直りミッションが、新たに追加されてしまったのであった。
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