第6話 対極の少年

「はぁ……ダルすぎる」




 俺は、実技試験の控え室――窓のない大きめの教室に移動していた。


 編入試験のシステムがよくわかっていなかったが、どうやら面接の段階で振るいにかけられるらしい。




 基本的には実技試験まで行ってから総合点で結果を出すのだが、受験生の素行があまりに悪いとその時点で強制退場させられるようだ。


 もし姉さんのことを言わなければ、俺はその時点で自由になれていたかもしれない。




 チッ、姉さんのアホめ。


 俺は思わず小さく舌打ちしてしまった。




「どうしたの?」




 俺の舌打ちを聞き取ったのか、隣に座っていた少年が声をかけてきた。


 ブロンドの髪に、琥珀色の瞳を持つ少年だ。


 たぶん年齢は俺と同じ。だが、どこか女の子めいている童顔で、色白の少年だった。




「いや、ごめん。ちょっと緊張が表に出た」




 咄嗟に嘘をつく。


 緊張で舌打ちって、どんな状況だよ。


 だが少年は苦笑しつつ、「そうだね、緊張するよね」と首肯した。




「僕も春の受験に落ちてから、ずっと訓練してたんだよ」




 少年は苦笑しつつそう言った。


 今の季節は初夏。六月だ。


 英雄学校の入試が行われるのは二月。つまり彼は、それ以降も諦めず頑張っていたということになる。


 すげぇ。俺には真似できそうもないな。




「君はどうしてこの学校を受けようと思ったの?」


「え? えーと……優れた魔法剣士になりたい、から?」




 姉に無理矢理受験させられたというのが嘘偽らざる本音だが、なんだかこの少年の前でそう言うのは気が引けた。


 それに、さっきの失敗もある。




「君こそどうして、この学校に?」


「えっと……恥ずかしい理由なんだけどさ。一緒に入学しようって約束した人がいるんだ」


「恋人?」


「ううん。妹」




 少年は照れくさそうに言った。




 姉に無理矢理受験させられる俺。


 妹のために頑張る彼。


 ああ、対極にいるわ。俺は兄弟の絆とか全然信じてないし、この少年が眩しく思える。


やばい、俺という悪が浄化されそうだ。




そんなことを考えていたが、ふと気付く。




「あれ? 妹と一緒に入学って……年の差いくつ? 同じ一年なんだよね?」


「実は……ここだけの話、一年浪人してるんだ」


「ああ、それでね」




 納得した。


 しかし、とすると去年の二月どころかそのずっとから頑張っていることになる。


 マジかよ。凄まじい根性だな。




「じゃあ、妹と一緒に学べるように、頑張らないとな」


「うん」




 少年は、可愛らしい笑顔を向けてくる。


 その柔和な微笑みは、どこか覚悟を決めた鋭さを孕んでいた。


 と、そのとき。控え室に受験スタッフと思われる教師が入ってくる。




「受験番号665番、666番。実技試験会場へ移動しろ」


「あ、僕達だね」


「そうだな。行くか」




 俺達は立ち上がった。


 少年が665番、俺が666番だ。




「そういえば、まだ名前言ってなかったね。僕はサルム=ホーエンスって言うんだ。君は」


「俺はリクスだ。ファミリーネームは……訳あって秘匿中」




 俺はさっき、痛い目を見たばかりだ。


 姉との繋がりを示すものは、極力教えないに限る。




「何それ、へんなの」




 サルムと名乗った少年は小さく笑った。


 そんなこんなで、仲良くなった俺達は握手を交わし、「こっからは個人の戦いだ。お互い頑張ろう」と互いの健闘を誓った。




 ――のだが。




△▼△▼△▼




「……しまらないな」




 実技試験会場となる、円形闘技場にて。


 俺はそんなことをぼやいていた。


 闘技場には3000人は収容できそうな、階段状の客席が周囲に並んでいる。


 そこには、試験官と見られるローブ姿の者が数人と、学生服を纏った観客が200人ほどいた。




 編入試験の今日は学校が休みのはずだ。


 たぶんここに集っている生徒達は、編入試験を観察して、己に活かそうという非常に向上心に充ち満ちた生徒達だ。




 休みを返上してまで研鑽を積むなんて……真面目だねぇ。


 俺だったら絶対家でゲームしてる。


 とまあ、そんなことは置いといて。


 


 ちらりと横を見る。


 少し離れて右隣に、例のサルム君がいた。


 どうやら、膨大な受験者数を捌くために、一度に5人、闘技場で試験を行うらしい。


 


 てっきり1人ずつ試験に臨むと思っていたから、肩透かしを食らった気分だ。


 男と男の誓い、的な感じで別れたのが恥ずかしい。




 実技試験は単純。上級生との模擬戦だ。


 単純明快で実にいい。


 


 と、闘技場の横の扉が開いて、剣を携えた上級生が5人入場してきた。


 いよいよ実技試験の始まりだ。

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