第123話 堕天使魔剣《フォールン・ゲイザー》

 端から見れば、自我を取り戻せず苦しんでいる少女に容赦なく剣をブッ刺すヤバい奴だ。


 しかし、シエンの背に深く剣が突き刺さるが、血液が出てくることはない。


 なぜなら、俺の意志で肉体にはダメージを与えないように調整しているからだ。




 用があるのは、その先――魂に深く根ざした暴れ回る力の根元である。




 俺は、魔剣の先端に意識を集中していく。


 それが触れる先に、メロンの編み目のごとく絡み合う魂があるからだ。


 意識の遠くで全身に痛みを感じる。




 たぶん、シエンの触手が俺の身体を掠めているのだろう。


 もはや、一刻の猶予もない。




怠惰之屈服レイジー・サレンダー!」




 俺は、魔剣に宿る権能を全解放する。


 より深く理解することで、純度と威力の上がったデバフ特化のオーラが、シエンの魂を包み込む。




 万物を堕落させ、己が元に屈服させるその力。


 シエンの魂に呪いがごとく絡みつき、第三者からの余計な介入のせいで暴れ回っているその根っこを、包み込んでいく。




 魔属性では魔属性にダメージを与えられない。


 そのルールは絶対だから、《怠惰魔剣ベルフェゴール》の力は、《傲慢魔剣ルシファー》には影響を及ぼせない。




 必然、黒い根っこに触れた瞬間に抵抗レジストされてしまう。


 だから、引きはがすならもう一つの白い方だ。




 剥がれろ……!




 俺はひたすらに願いを込め、魔剣に力を注いでいく。


 紫のオーラが白い根っこを覆い尽くし、《光天使剣ウリエル》を堕落させていく。


 


 暴れていた根っこがどんどん落ち着いていき、暴走が収まっていく。


 意識の外で痛みが走る頻度が減ってきた空も、抵抗が弱まっているのは間違い無い。


 しかし、まだだ。




 剥がれろ……!




 まだ彼女は呪縛から解放されていない。


 聖剣の根を剥がし、消滅させなければ意味が無い。彼女は、苦しむことのない普通の人生を望んでいるのだ。




 俺の力では、聖剣くらいしか剥がせないだろう。


 けれど、二つの人智を越えた権能を持つことで、その珍しさと才能のせいで、彼女が自由を奪われているのだというなら……片方だけでも外してあげることに意味はあるはずだ。


 だから――




「剥がれろぉおおおおおおお!!」




 渾身の力で魔剣を突き刺す俺。


 ベリベリと音を立てて、聖剣の根っこが剥がれていく。




 ――勘違いをしていた俺リクスは知るよしもないが、彼女の魂と寿命を圧迫していた二つの力の反発。その片方の要因が、《怠惰魔剣ベルフェゴール》の権能によって、彼女の魂に根ざす聖属性の力を堕落、屈服させたのだった。


 そして――完全に、《光天使剣ウリエル》の根っこが、シエンの魂から乖離した。




「やった……!」




 俺は思わずそう叫ぶ。


 あとはもう、用済みになったこいつを捨てるだけ。


 そう思った、そのときだった。


 魔属性のオーラにさらされた《光天使剣ウリエル》の総体が、白く反射する漆黒の光を放ち始めたのだ。




「は、え、なに!?」




 いきなりの事態に戸惑う俺。


 そんな俺の前で、聖剣の白い光と、二種類の黒いオーラが混ざり合い、一本の剣を形成した。


 その剣は、どういうわけか俺を主と認め、魂の中に刻み込まれる。




 それは、一人の少年が、一人の少女を救うために生み出した奇跡。


 後に、状態を調べた名実ともに天才魔法医ルチル=マーベックはこう語る。




――。




『あっちも、こんな特殊な事例は見たことがないね。元々、《光天使剣ウリエル》は《傲慢魔剣ルシファー》と反発し合う形で権能が拮抗していた。その場に、《怠惰魔剣ベルフェゴール》の権能を全力で差し込んだもんだから、力のバランスが崩れたんだと思う。あんたの持つ魔剣の“万物を堕落させ、屈服させる”という力。それをきっかけにして、《光天使剣ウリエル》を依り代に、二つの魔剣の力が混ざり合い、全く新しいイレギュラーの剣が現れたってわけさ。分類的には魔の属性を持つ聖剣……ってところかな。だから、あんたの魂の中で《怠惰魔剣ベルフェゴール》と反発することはない。聖属性を持ちながら、魔属性で反発しないよう順応している。しかも、完全にあんた自身の強い意志と怠惰之屈服レイジー・サレンダーの支配下に置かれているみたいだからな。この剣に、名を付けるとしたら、そうだな――』




――。




 黒真珠のように、角度によって純白にも漆黒にも照り輝く剣。


 聖剣でもなければ、魔剣でもない。でも、聖剣でもあり魔剣でもある。そんな混沌と矛盾をはらんだ、俺の新しい力。




 シエンの魂に集中していた意識が現実に戻された俺は、その新しい剣を左手に携えていて。


 己の魂に刻まれたその名前を、自然と口にしていた。




「聖魔剣――《堕天使魔剣フォールン・ゲイザー》……」

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