第三章 乗り越えろ! 期末試験編

第138話 姉さんが、いつまで経っても弟離れできない件

《リクス視点》




 メルファント帝国での激闘を乗り越えた翌日の昼下がり。


 俺は、大会で優勝したことにより賞金をゲットしたものの、それを喜んでいる精神的余裕はなかった。




 まず第一に、昨日パーティが終わったあと、俺だけさっさと転移魔法を使ってラマンダルス王国の実家に帰ってきた。


 帝国と王国を行き来するには馬車で一日半を要する。



 故に、今日を合わせて二日間は休日になっているから、存分に遊ぼうと思って早く帰ってきたのだが――


 ――俺は今、ベッドの上で荒い息を上げています。




「ハァ、ハァ……あっつ」




 頬を上気させ、珠のように浮く汗を拭う。


 身じろぎをすると、ベッドがギシギシと音を立てた。


 仰向けに寝転がる俺に、1人の少女がまたがっていた。




 天使の衣がごとき純白の髪に、深紅の瞳。絹のような柔肌を持つその美少女の名は、エルザ。


 ラマンダルス王国一の勇者にして、俺の実姉である。




 そんな姉さんは、薄桃色のネグリジェ姿で、俺の胸板に状態を預けている。


 姉さんの体温や豊かな胸の感触が、薄い寝間着の生地を通してダイレクトに伝わってくる。




「うっ、うぅ……リクス、ちゃん」




 俺の身体に自身の身体を重ねる姉さんは、時折小刻みに肩を振るわせる。


 そのたびに、身体がビクビクと跳ね、呼吸の回数が不規則に変動する。




「ハァ、ハァ……姉さん。俺、もう我慢の限界かも」




 俺は、姉さんの細い腰に両手を回し――そのままベッドの下へ投げ捨てた。




「あだっ! もう、何するのよリクスちゃん!」




 床に投げ捨てられた姉さんは、半べそをかきながら俺に抗議してきた。




「何するの、じゃないよ。人が熱で苦しんでるってのに、なんで暑苦しくくっついてくるかなぁ。ベッドの中が自分の体温と姉さんの体温でサウナ状態なんだけど」


「ぐすっ……だってぇ。リクスちゃんと二日間も離ればなれでぇ……しかも、帰って来たらいきなり高熱出して寝込んじゃうしぃ。ひっく……うぅ。し、死んじゃったらどうしよう。うわぁ~ん!!」


「ちょっ! わかったから泣くな! てかちょっと疲れが出てるだけだから、死なないよ!!」




 さっきから堪えていた涙が決壊したらしい。


 泣きじゃくる姉さんを慌てて宥める俺なのであった。




 それにしても、熱なんか出したのは久しぶりだ。


 昨日感じた眠気と怠さは、間違いなく《怠惰魔剣ベルフェゴール》を使ったことによる反動。


 だとしたら、今日の筋肉痛といったような全身の痛みと高熱は、おそらく《堕天使魔剣フォールン・ゲイザー》を使った反動だろう。




 学校を休む言い口実になりそうなのだが、今日と明日は公欠扱い。


 明後日には流石に治っているだろうし、休日を苦しいまま過ごすだけでなんのメリットも無さそうである。




 おまけに、姉さんは心配しまくってしまい、さっきから何度追い出しても俺のベッドに潜り込んで抱きついてくる。


 今も、涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔のまま、ベッドに這い上がってきた。




 マジで暑苦しいからやめてほしいのだが、そんな願いを聞いてくれる姉さんではない。


 ちなみに、マクラとは依然仲違いの真っ最中だが、姉さんが俺につきっきりで看病(尚、体調は逆に悪化しそうである)してくれる前に、無言で俺の看病をしてくれていた。


 近いうちに、ちゃんと仲直りをしなければ。




 それはそうと、俺はいつまで姉さんという爆弾を抱えていなければならないのだろうか。


 


「はぁ、まったく……」




 俺は思わず毒突いて……そのとき、家の玄関に取り付けられたベルがチリリーンと鳴った。


 来訪者を告げる合図だ。




「ほら、姉さん。誰か来たよ。出迎えなくて良いの」


「ぐすん……嫌だ。リクスちゃんから離れたくない」


「えぇ……」




 俺は呆れてため息をつく。


 今、なんとなくわかった。俺の我が儘な性格は、たぶん姉に似たんだ。


 仕方なく、俺は身体にしがみついたままの姉さんを連れ、フラフラと玄関へ向かった。




「はぁい。どちら様でしょうか」




 玄関の扉を開けると、夏の熱気が入ってくる。


 ただし、体温が高いせいかあまり暑さは感じなかった。


 玄関の前には、淡い空色のワンピースを着た1人の少女が立っていた。




「うわ。なんか凄い絵面ですね」




 その少女――フランは、俺の身体にしがみつく姉さんを見て少し苦笑いしていたが、やがて満面の笑みを浮かべて言った。




「大会お疲れ様でした、リクスくん」

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