第61話 知る真相
――。
その日の夜、俺は泥のように眠った。
長い昼寝をした日の夜でも、構わず泥のように眠れるのは、俺の特技の一つだ。デザートは別腹みたいなのと同じ理屈である。
そんなこんなで、俺は心地良い微睡まどろみに、いつまでも浸っていて――
「朝だよー! おっきろー!!」
軽快な掛け声と共に、掛け布団がぶっ飛ばされた。
同時にカーテンが左右に開かれ、窓も全開に開けられる。朝の清々しい猛毒のような空気が部屋に突撃し、容赦の無い陽光が俺の全身を焼く。
ま、眩しい!
朝日に焼かれて消えゆく吸血鬼というのは、こんな気分だろうか?
俺は、身の回りの平穏が崩れていく気配に、硬く目を瞑る。
それから、掛け布団を失ったのならば! と、身体を90°回転。枕側の敷き布団の縁をひっつかむと、そのままグルグルと回って自身に敷き布団を巻き付けた。
俺の固有魔法、“絶対起きないロールケーキ”である。
「こらぁーご主人様! 往生際の悪いことするなぁー!」
側でマクラの声が喚き立てる。
ここ数日、リクスが学校に通い始めてから、毎回彼女にたたき起こされている。
くそう。マクラのヤツめ。安眠妨害の罪で訴えてやる。
そんなことを思いつつ、俺は「起きるものか!」と、より一層ロールケーキを固めた。
「ふぅ~ん、あくまで起きないんだね。だったら仕方ない」
マクラが、失望して諦めたような声を出す。
よし! 今日こそは俺の勝ちだ!
そう思った瞬間。
「こらぁ~リクスちゃん! 起きなさぁ~い! でないと、聖剣でお尻を突き刺して、愉快に炎でバーベキューしちゃうわよぉ?」
「ッ!!??」
その間延びしたサイコパスな声を聞いた瞬間、俺はロールケーキと化した敷き布団を蹴飛ばして飛び起きる。
「ぎゃー! すいません姉さん! 今起きるとこだったので消し炭にするのだけはご勘弁をぉおおお……って、あれ?」
目を見開いて辺りを見まわすも、どこにも姉さんの姿がない。
いや、そもそも姉さんは、昨日の深夜になっても帰ってこなかった。そういうときは今までにも何度かあったが、大体徹夜で仕事をしている。だから、冷静に分析して、外で一夜を明かした可能性が高い。つまり、この家に姉さんは今いないわけで……
「……」
俺は、横に立っている爽やかな笑顔の少女にジト目を向ける。
「起きたわねぇ~リクスちゃん」
その少女――マクラは、姉さんの声でニヤニヤと笑いながら言った。
どうやら、姉さんの声に波長を合わせたらしい。なんでもありかよ、この精霊。
一瞬イラッとして、目を細める俺だったが。
「ほら、学校行くよ、ご主人様」
太陽よりも眩しい笑顔で手を差し出してきたため、毒気を抜かれて、俺はその手を取った。
ちなみに。
彼女も昨日、地下で倒れた俺を運び出すのを手伝ってくれたらしい。その後は、俺のペンダントの中に戻って熟睡していたようだ。
△▼△▼△▼
学校に着き、いつもの教室に入ると何やら教室中が浮き足立っている雰囲気だった。
俺はいつも予鈴ギリギリに来るので、大抵みんな集まっているのだ。
今日に限って騒がしいのは、学内大会二日目だからかと一瞬思ったが、どうでないことをすぐに理解する。
担任のエーリン先生が、「大事な話があるので、教室を出ないように」と黒板に記していたからだった。
「あ、リクスさん来ましたね。これで全員が登校したので、お知らせをします」
俺の入室を確認したエーリン先生は、出席簿を片手に話し始める。
とたん、生徒達は自分の席に移動して着席する。俺も、フランに一言「おはよう」とだけ告げて隣に着席した。
「昨日中止になった学内決勝大会だが、明後日から再開されることとなりました。したがって、今日と明日は、本学校は臨時休校となります」
とたん、生徒の間から「「「おぉおお」」」という歓喜に満ちた吐息が上がる。
「ねえねえ、遊びに行こうよ」「賛成、どこがいい?」「俺、魔術博物館!」
などと、気の早い生徒達が早くも浮き足だった話をしている。
そんなざわめきを、エーリン先生は可愛らしい咳払いで一喝すると、話を続けた。
「理由は皆さんもご存じの通り、昨日の正体不明の召喚獣襲撃に関する調査と事後処理のためです」
正体不明? いや、あれってただのサプライズイベントのはずじゃ……?
そう思い、俺は首を傾げたが、どうやら俺が地下に潜ったり保健室で寝ている間に生徒達にはそのことが伝えられていたらしい。
エーリン先生の発言を聞いても、誰も驚いた顔をしないからだ。
そんな俺の疑問をよそに、先生は話を続ける。
「本日は休校となりますが、その前に、管理棟一・二階の大講堂にて臨時の全校集会があります。トイレ休憩を済ませた後は、すぐに向かうように」
そこまで言うと、先生は俺の方を見た。
「――特に、リクスさんとフランさん、サリィさんには深く関わる問題ですので、何が起きても冷静に対応するように。ラマンダルス王立英雄学校の生徒として、恥じぬ姿を見せてくださいね」
そう、意味深な発言を残した。
――。
「えーでは、ただいまより全校集会を行いますねぇ~」
間延びした声が、だだっ広い大講堂に響き渡る。
管理棟の二階までをぶち抜いて作った巨大な空間には、4000名近い人間が一堂に会していた。
1、2、3年生が別々に並び、壁側には教師陣がずらりと並んでいる。
そして、壇上には我等が生徒会長、エルザ姉さんが立って、開会の挨拶を行っていた。
徹夜しているはずなのにその疲労を感じさせない凜とした空気が、生徒達の心に染み渡っていくのが見ていてわかる。
姉さんって、こんなしっかりしてる人だったんだなぁ~。などと考えていると、一瞬エルザと目が合った。
ビクッと思わず肩が震える。
まさか、考えていたことがバレたわけじゃ……
ダラダラと脂汗を垂らす俺だったが、エルザは何事もなかったようにそっぽを向いて。
「――それでは、アルス=ルーゼル校長先生より話を賜ります~」
そう言って優雅に一礼すると、壇上を去った。
代わりに壇上に上がったのは、後頭部の禿げあがった初老の男だった。恰幅の良いからだに好々爺然とした表情。いかにも「校長っぽい」感じの人であった。
校長は短く一礼すると、音声拡張魔法を起動して話し出した。
「今日、ここに集まって貰ったのは他でもない。昨日の事件について、皆さんにも今一度、英雄を目指すものとしての気概を持って貰いたいと思ったからである。昨日、我々の学校は悪意によってテロの餌食となった」
え、マジ!? あの召喚獣の群れ、テロだったの!?
驚く俺を差し置いて、校長は朗々と言葉を紡ぐ。
「皆が冷静に対処し、死者を1人も出さなかったことは誠に喜ばしいことだ。そしてその裏で、いち早く事件の黒幕に気付き、人知れず戦った者がいた。言わずもがな、本校の生徒会長であり、勇者でもあるエルザさん」
おぉー、さすが姉さん。やっぱ、俺の知らないとこで活躍してたんだ。
これはますます地位が向上して、ニート生活の俺の地位も盤石に――
「加えて、一部の勇気ある一年生達の手によって、テロリストの拿捕と暗躍の阻止が実行された」
……ん~?
なんだろう。とてつもなく、嫌な予感がする。
俺はただ、退学になるために動いていただけ……のはず。なのに、なんだこの寒気は。
「私は、本校の校長として彼等を誇りに思う。一年Eクラス、サルム=ホーエンス。一年Cクラス、フランシェスカ=ホーエンス、サリィ=ルーグレット。そして……本事件の最大の功労者であるリクス=サーマル。以上4名の栄誉をたたえ、表彰を行う。壇上へ上がる彼等を、拍手で迎えたまえ!」
瞬間、大歓声とともに洪水のような拍手が巻き起こる。
「え……えぇえええええええええええええええっ!?」
あまりのことに理解が追いつかない俺は、ただただ絶叫するしかなかった。
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