金狼亭
イーゼルや画材を片付けながら、そのままカーマインたちと夕食を食べに金狼亭に向かう。もちろんシーバさんも一緒だ。
まだ早い時間なのでお客さんも少なく、シーバさんはおやじさんの作ったまかないを私達の隣のテーブルで食べていた。
メニューに無いまかないってどうしてあんなに美味しそうなんだろう。
「そう言えばどうしてお店の名前、金狼亭なのですか?」
村の宿屋兼食堂としては格好良すぎるネーミングだ。海沿いだったらかもめ亭、森の近くだったら森の木陰亭とか、周りの自然に関係するなら麦畑の広がっていた金色が付くのは何となくわかる。
でもこの村は畜産もやっているので、狼はどちらかというとタブーのはずだと思うのだけれど……
「ああ、それは―――」
「ただいま!姉さん、シーバ!義兄さんも!」
元気で大きな声と共に、橙色の鮮やかな髪の色をした女の人がお店に入ってきた。その後ろには黄色の大きな狼。私やトープはギョッとしたけれど、シーバさん達は何食わぬ顔をしている。牛くらいの背丈があり、のしのし歩く姿には迫力があった。
「おかえりパーシモン、遅かったね。村の祭りは終わっちまったよ」
「あらら、それは残念。収穫は無事に終わった?」
「ああ、何とかね。パーシモンがちゃんと頑張っているお陰で今年も豊作だよ。今回はどれくらいいられるんだい?」
「二週間くらいしかいられない。かなり無理言って出て来たから」
女の人はとてもよく通る声をしていて、どことなくおかみさんに似ている。気風が良いと言うか、ちゃきちゃきしていると言うか。
仲良く賑やかにしている姿を見ながら、カーマインがシーバさんに「どちら様?」とぽそりと聞いた。
「母さんの妹だよ。君たちになら話してもいいかな。イーリックの国王をしている」
「……は?」
おかみさんの妹が国王ならおかみさんもシーバさんだって王族だ。……いや、もしかしたら嫁ぎ先で夫である国王が身罷られて代理としてなったのかも。
でもどう見たっておかみさんもシーバさんも平民なのに、嫁いで行った人が国王になんてなれるわけがない。あ、もしかしておかみさんの方が王女だったのに宿屋のご主人に嫁いだとか。
私がいろいろと考えているとトープが実にシンプルに、聞き方によっては多少失礼になることを聞いてくれた。
「国王の姉が宿屋のおかみさん?」
「あれ、よその国の人はあまり知らないかな?イーリックの国王は子供が継いでいくのではなく代ごとに変わっていくんだ。豊穣を司る橙の女神の加護を持つ者を、双子神の化身であるこの黄色い狼が迎えに来るんだよ」
橙の女神は作物などの豊穣を司り、黄色の女神は金銭的な豊かさを司る。双子の神様で、二人の妹は末っ子である赤の女神。それにしても転生者でも加護持ちでもなく今度は化身が出てきた。神様本人ってこと?
「聞いた覚えがあるな。イーリックの国王は血筋で受け継がれるものではないと」
カーマインは蘇芳将軍の元で異国の情報も手に入れていたんだろう。シーバさんも頷いた。
「そうそう。それで店を開く時に丁度この狼がおばさんを迎えに来たから、金狼亭の名前が付いた」
話題に上がっているのを理解しているのか、狼は私たちの方を向いてお座りしている。お行儀が良くてちょっと可愛い。
トープが目をしばたかせる。絵の具を作る職人としては黄色を金と表すのはちょっと許せなかったらしい。
「どう見ても黄色に見えるけれど、俺の目が変なのか」
「黄狼亭だと語呂も悪いし格好がつかないからね。名前は確か鬱金だからあながち外れてもいないだろって、父さんがつけたんだ。化身なんて言っているけれど、いろいろな身分から選ばれる国王の、とても信頼できる護衛と言った感じかな」
手を伸ばせば届く距離にいるので、恐る恐る鼻先を撫でてみる。とても大人しく、ガガエが頭の上にぽふんと乗っても嫌がっていない。
綺麗な毛並みだ。ちょっと描きたくなってきた。
「身内から国王が出るってぇのは、どんな気分ですか?」
ラセットが聞いた質問は私も少しだけ気になった。ある日突然国王になれと言われても、普通の人だったら断るだろう。周囲だって戸惑うはずだ。
でも、シーバさんは曲解した。
「何か得になるようなことがあったのかって聞いてる?」
「いえ、そのう……」
「ラセット。環境の変化は俺だって大変だったのに、その比ではないんだぞ」
「はい、すんません」
地方領主の三男から将軍の息子となったカーマインが窘める。シーバさんは肩を竦めながら話を続けた。
「おばさんは結婚していたし子供もいたんだけど、有無を言わさず連れていかれてね。お勤めは死ぬまで続くし、流石に別れて子供には新しい母親がいる。こうして里帰りはするけれど、許されているのは一年に一度だけだ」
「ひどい……」
「選ばれる中にはほんの小さな子供もいてね。そのお蔭で俺たちも食っていけるんだけれど」
豊かな国の裏の部分を見てしまった気がして、思わずパーシモンさんを見る。おかみさんと明るく話しているけれど、いろいろあったんだろうなぁ。そんなパーシモンさんが思い出したようにポンと手を打った。
「そうそう、それよりもね、ゴーレムを見に来たんだよ。明日は鬱金に乗って見に行こうかな。とっても楽しみ」
周りが一瞬シンっと静まり返り、カーマインがとっても気まずそうに目を伏せた。流通が滞っていた大問題なのに国王様がやじ馬根性で良いのだろうか。せめて視察しに来たとか取り繕ってほしかった。
シーバさんが呆れたような声を出す。
「おばさん、ゴーレムはもう退治されてしまったんだよ。国王なのに知らされてないのか」
「ええっ!報告まだ上がってないよ……いやどこかで情報止められていたのかも。意地悪をする心当たりのあるやつが一人いるから」
床に両手を付いて悲劇のヒロインよろしく項垂れはじめた。
「せっかく仕事も早く終わる様に頑張って、楽しみにしてきたのに。よよよよ」
感情表現が非常に豊かな人だ。見ていて飽きない楽しい国王様。ヴァレルノの王族よりもよほど好感が持てる。
だから、私が思わず声をかけてしまったのだって仕方がないと思うんだ。
「あのう…私、画家をしてまして。これからスケッチを元にしてゴーレムの絵を描くつもりなんですけれど、よろしければ買い取って頂けませんか?」
国王に自ら売り込み。我ながらかなり無謀な事をしていると思うのだけれど、パーシモンさんは目を輝かせて食いついてきた。
「本当っ?あなた、お名前は」
「ノアールと言います」
「ノアール、ちょっと待っててね」
パーシモンさんは鬱金を撫でながら話しかけている。
「鬱金、どう思う?彼女の絵を買うことは国の為になると思わない?」
「がるっ」
「敵国が開発した兵器として是非とも情報は欲しいわけだし、国庫から費用を出すべきよね」
「わふっ」
中に人でも入っているのではないかと思ってしまうくらい、見事な相槌を打つ狼。護衛だけではなく相談相手も兼ねているみたい。鬱金が答えられるのはイエスかノーかだけだけど、その他にも何やら話し合っている。相談が終わると、こちらに向き直った。
「と言うわけで是非とも描いて。どのくらいかかるの?」
「頑張ればひと月で描けます」
「私がここに居る間の二週間で描いて。いいえ、描きなさい。これは命令よ、なんてね」
「二週間ですか」
茶目っ気たっぷりに言うから、全く嫌な気がしない。けれど期間が短すぎる。油絵だと感想させる期間が短すぎるし、それ以外の絵の具を選ぶとしてもちょっと大変だ。
私の悩んでいることが分かったのか、トープが私の袖口をつつく。
「ノア、絵の具の乾燥で悩んでるなら俺も手伝うから、大丈夫だ」
「そう?じゃあ、信じるよ」
トープが背中を押してくれたので、パーシモンさんの依頼を請け負った。
「了解いたしました。料金の方は仕上がり次第ですが、およそ五十万を目安と考えて下さい」
「絵の価値っていまいち理解できないけれど、分かったわ。王都に来てもらわないといけないけれど、いいよね?」
「ええと、それは……あ、はい。大丈夫です」
私はすぐ傍で聞いているカーマインたちを窺うと、皆力強く頷いていた。
「カーマイン、ラセット。そう言うわけだから暫く屋敷に籠るけれど良い?」
「分かった」
「行くよ、トープ」
「了解っと」
「なあ、ノア。契約書を書かなくてもいいのか?」
金狼亭の外でこっそりとトープが聞いてきた。
「うん。もしお城で立場が微妙だったら、契約書が無いことを理由にあちらから断れるでしょ?値引きも出来るし」
契約書を書いてしまったら、パーシモンさんは確実に買い取らねばならなくなってしまう。それが国王としての立場を弱くしてしまうのは、ちょっと嫌だ。
トープはほっと溜息をついた。
「一応考えてはいるんだな。忘れたのでなければいいんだ。さぁ、頑張るぞ」
失礼だなー。
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