花園1
貴族の所有する馬車に揺られるのは、今世で何度目だったかな。バスキ村で使っていた荷馬車やアトリエでタクシーみたいに調達する馬車と違って、乗り心地は抜群だ。内装も凝っていてロールスロイスだのリムジンだのに乗っている気分。……乗ったことないけど。
服装も、汚れてもいいような普段着とは違って上質な布地をたっぷりと使ったものだ。それでも貴族からしてみれば「普段着」なのだろうけれど、私にとってはドレスを着ているように背筋を無理やり伸ばされている感じ。オークションの時とはまた違った時代背景に触れているみたいで、少しわくわくする。
胸元には、人魚の涙が入った袋が揺れている。針仕事の苦手な私が作ったものでは無く、服に合わせてきちんと丁寧に縫われている物だ。
私の服は隣に座っているメイズさんが用意してくれた。彼もまた貴族仕様の格好をしている。整髪用の油で髪を撫でつけ後ろで結んでいて、顔の輪郭や首筋が出るとやはり男性だと認識できる。
メイズさんが私の視線に気づいて、ふっと微笑みかけた。
「もしかして見惚れてる?」
流石ナルシスト。見られているのに気付いたからって、そんな言葉は咄嗟に出てこない。
「や、メイズさんならドレスも似合いそうだなぁって思ってましたけど、やっぱり男の人ですね」
「褒め言葉かどうか微妙に迷うところだね。大抵の御嬢さんは指摘されてほおを真っ赤に染めるものなんだけど……ああ、どうやら着いたみたいだ」
確か、扉が開かれるのを待つのが正しいマナーだったような。今の私は平民だから良いのかな。
ほんの少しの時間が異様に長く感じられる。と思ってたらメイズさんはとっとと降りて外側から扉を開いた。
「さあ、お嬢さん。お手をどうぞ」
「あ、有難うございます」
分からない、マナーが分からないよ。扉を開くのは御者の人だとばかり思ったのに。戸惑いながらも履き慣れない長いスカートの裾を踏まないよう、慎重に降りる。いつも使っている画材の入った木箱とスケッチブックを持って、メイズさんに促されるままお屋敷の入口へと進む。
ここはディカーテの中でも貴族や富裕層が済む高級住宅街だ。住宅街と言ってもあるのは広いお屋敷ばかり。オークションハウスにも近い。その中で、花の咲き乱れる広い庭のある屋敷に私たちは来ている。
実はここ、メイズさんのお父様が所有しているお屋敷だ。
稼ぎを増やすことを差し当たっての目標としたところ、メイズさんがお金になる話を持ってきてくれた。
「僕の家系は代々王家にささげる花を栽培していてね。王都に本宅があるけれど、植物はこちらで育てているんだ」
城にある庭園で咲かせるための花を育てているらしい。新しい品種を開発したりもするそうだ。
「自然の中で見かける花とやっぱり違いますね」
「ここにあるのはそれでも研究されつくしている物だよ。価値があるものは裏の庭にある」
火事などの災害に見舞われた時、或いは植物の病気が発生した時などの為に国内の数か所に分けて栽培しているらしい。
建物の中に入り、裏へ抜けようとしたところ、メイズさんに似た中年の男性と鉢合わせた。男性は侮蔑的な目を私に向ける。
「また違う女を連れているのか。まったくお前と言う奴は」
「違うよ父さん、彼女は……」
何故か言い淀むメイズさん。黙っていたら肯定と取られて誤解を招きそうなので、タイミングを計って挨拶をする。
「お初にお目にかかります。メイズ様と同じくベレンス先生に師事しておりますノアールと申します」
それっぽく見えるようにスカートをつまんでお辞儀をしながら片足を後ろへ下げる、いわゆるカーテシーをしてみた。私なんてほとんどエセ貴族だから間違っていたとしてもかまわないや。ただ、メイズさんの恋人だと勘違いされるのは嫌だっただけ。
メイズさんもお父さんも呆気にとられた顔をしている。そんなに変な挨拶だったのだろうか。
「あの、やはりおかしいでしょうか。こういった挨拶は不慣れなものでして」
「いや!いやいやいや、これは失礼した。メイズの父親で、ニールグ家当主のサフランです。ノアールさんと言ったかな。私はこれから出かけなければなりませんが、どうぞゆっくりして行ってください」
何故だか物凄くご機嫌になったメイズさんのお父さんは、そのまま笑顔で屋敷を出て行った。訳が分からない私がメイズさんの顔を見ると、メイズさんは苦笑した。
「仕事柄、貴族連中でうちを庭師扱いする人は多くてね。あんなに丁寧なカーテシーをされたもんだから気分が良くなったんだろう。普通は背筋を伸ばしたまま足を下げるだけ。先ほどの深々と頭を下げるやり方は王族やかなり高位の貴族に対するやり方だよ」
「そうなのですか。見よう見まねだったので間違えてしまったのですね」
「見よう見まねって、孤児なのに?」
しまった、地雷踏んだ。冷や汗をかきながらも何食わぬ風を装ってにっこりと笑い、誤魔化してみる。
「女はいろいろ秘密を抱えています。知らない方が身のためですよ」
「なるほど、心得た」
口ではそう言いながらも肩を震わせてメイズさんは笑っている。大人ぶって「女は~」とか言ったのがまずかったかな。普通に「私は」と言っておけばよかった。
「うわぁぁーお」
植物のテーマパークや拝観可能な古い洋館でしか見られないような景色が広がっている。庭に直植えの低木もあれば大輪を咲かせている鉢植えもある。
どれも見事に咲き誇り、枯れたり萎れたりしている花は一つもない。
案内されるまま歩いていると麦わら帽子をかぶって庭いじりを入している女の子がいた。アームカバーやエプロンをつけているけれど、それでも感じられる品の良さ。
「カナリー、来たよ」
メイズさんが声を掛けるとこちらに気付いてゆっくりと立ち上がる。何気ない動作も優雅に見えるから不思議だ。麦わら帽子を取ってにっこりと笑った顔はとても可愛らしかった。
金髪に近い髪色のふんわりゆるめの縦ロール。まさに貴族の女の子と言う感じのその子は、声もとても綺麗だった。
「兄様、お帰りなさい。初めまして、ノアールさん。カナリーです」
年は私と同じくらいかな。事前にメイズさんが連絡していたらしく私の名前を知っていた。
今回の依頼主はこの女の子。王妃に献上する新種の花の記録絵と、植物図鑑を新たに編纂するので挿絵をメイズさんと私で描いてほしいとの事だ。
「こちらが新種の花になります。図鑑については後程説明しますね」
「あの、アトリエ・ヴィオレッタに依頼はされなかったのですか。その、今回はとても貴族向きな依頼だと思いましたので」
たとえ絵画のように興味を持たれなくても王に献上したとして名前は残る筈だ。後々を考えれば絵を描く貴族としてはのどから手が欲しい機会だと思うんだけど。
私が何気なく疑問を口にした途端、カナリーさんは豹変し早口でまくしたてた。
「悪い噂が立つといけないと思って女性の画家に依頼をしました。家にも招きました。でも、お茶をするばかりでちっとも絵は進まず途中で放棄しやがったのですわ。全く、これだから令嬢のままごとは」
拳を握りつつ地団太を踏んでいる。私が呆気にとられているとメイズさんがやれやれと肩を竦めた。
「同じレベルで言われるのが不愉快なんだよね、カナリーは」
「そうですっっ。しみやそばかすに悩まされながらも真面目に頑張っているのに、私まで令嬢のままごとと揶揄する方も多いんですのよ。あなたも分かるでしょう?」
作業用の分厚い手袋を外し、私の両手をきゅっと握ってくる熱血お嬢様。初対面でかなり距離を詰めてくるけれど、嫌な気はしない。頑張る女の子は応援したくなるってのが人情と言うものだ。
でも、申し訳ないが私はまだ馬鹿にされたことは無い。入るアトリエを間違えたら同類に見られたのかもしれないのか……
「幸い、そのような事はまだございません。任せて下さい。アトリエ・ベレンスに所属する者として仕事はきっちり仕上げて見せます」
貴族の所有する花園で絵を描く機会なんて滅多にない。みすみす逃してたまるかとやる気を見せればカナリーさんは嬉しそうに声を上げた。
「まぁ、何て頼もしい。よろしくお願いしますね」
「可愛い妹の頼みだ、僕も頑張るよ」
私とカナリーさんの手に、メイズさんの手がちゃっかりと被さった。
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