フリント視点

 バスキ村の自警団が名も知れぬ開拓村へ行ったのは、マロウ神官とカーマインの要請があったからだ。何でも魔力の乱れを感じたとかでマロウ神官が勝手に近場の自警団を動かそうとしたところを、カーマインの耳に入り慌てて自分も参加という形を取ったらしい。


 貴族の中では珍しく庶民との交流を活発にしているカーマインは、以前から自警団の活動を手伝っている。バスキ村以外にも自分の家が治める領内はあちこち見て回っているらしい。


 カーマインがいなければ、もしかしたら関わった者は秘密裏に処理されていたかもしれない。そう思えるほど村での光景は異常なものだった。


 病気もモンスターの襲撃も有り得ない。おそらく魔術の暴発によるものだと思うが、マロウ神官が詳しく知っているのではと思っている。何を聞いてもはぐらかし、ノアールを引き取れなかった時の捨て台詞からしても間違いないだろう。ノアールはおそらく犠牲者だ。


 白い髪に黒い瞳。喪服を連想させる服の黒が余計に肌の白さを引き立たせ、不死者を疑ってしまったのは仕方がない。美しいとまではいかなくても同年代の子供たちと比べて目を引くのは果たして格好のせいだけだろうか。

 もしかしたら貴族の出自かもしれないと心の片隅で思っているせいか、孤児の扱いならなれているのに我ながら不自然な受け答えをしてしまう。いらんことを言う前にカーマインに全部押し付けたのは正解だった。


 孤児院に連れてくるまでは地面に落書きをするなど子供らしい一面を見せていたノアールが、ネリに対してはしゃんと背筋を伸ばして挨拶していた。今まで迎え入れたどの孤児とも違う。おどおどしていたりキョロキョロしていたり、不安げな顔だったり新しい生活の場を興味深そうに探っていたり。

 そう言った顔を全く見せないノアールからは覚悟のような物が感じられた。開拓村の子供がしっかりとした言葉を話すなんて普通は有り得ない事だ。警戒心を持たれているのだろうか。その内に余所行きの仮面を外して元気な笑顔を見せてくれる事を願う。


「ネリ、トープは?」

「トープは遊びに行ってます。紹介は夕食の時になるでしょう。部屋の準備をしてきますので取り敢えず施設内の案内を頼みます」

「ああ、分かった。ノアール、行くぞ」


 小走りに駆け寄るノアール。懐かない事も心配していたがどうやら大丈夫そうだ。食堂、厨房、風呂、トイレ、洗濯場。井戸や教室。普段なら新入りには一番上の孤児が案内する。決まり事もついでに説明し、それぞれの場所にいる孤児に顔見世も兼ねている。孤児が少ないのは喜ばしいことだが果たしてこの子にとってはどうなのだろうか。


「ノアール、ネリはああ言ったがここを自分の家と思ってくれていいんだぞ。何か不自由があったら何でも言ってくれ。出来る事なら善処しよう」

「はい、有難うございます。今はまだ分からないので生活し始めてから言いますね」

「敬語でなくてもいいんだぞ」


 まだまだ固い気がするのは言葉遣いのせいだと思い、提案してみたが「少し、難しいです」と言われてしまった。


 もう一人、同い年のトープと言う孤児がいるのだが果たして気が合うのだろうか。心配していたところ、案の定、夕食時の初対面で衝突した。

 先に席についていたノアールに突っかかっていったのはトープだ。


「誰だ、お前」

「トープ、この子は今日から新しい兄弟になるノアールです」

「よろしくお願いします」


 ノアールが礼儀正しい挨拶をしたのに対し、トープはじろじろと眺めている。それはもう、不躾な視線なので見ているこちらがひやひやした。貴族かもしれないなんて考えは子供だからまだ出てこないのだろう。ある意味、ノアールにとっては救いになる態度なのかもしれないが……


「真っ白な髪なんて変なの。ばばあみてぇ」

「トープ!」

「わかったわかった、俺が面倒見ればいいんだろ。腹減った、飯食おう」


 最近は叱っても謝ることもしない。ここで事を荒立ててもノアールを怖がらせるかもしれないから、席に着く。


「では、ノアール。祈りの言葉を」


 俺もネリもトープも胸の前で手を組んで待つが、沈黙が続いた。顔を上げてノアールを見ると泣きそうな顔をしている。


「ごめんなさい、分かりません」


 消え入りそうな声でノアールが謝るとトープが呻いた。非常に分かり辛いがネリも驚いた顔をしている。そう言えばまだ事情を詳しく話していなかった。


「げ、こんなのも知らないのかよ。腹へってんのに」

「トープ、ノアールは記憶が無いんだ。ノアール、俺の後に続けて言うんだ。七柱の女神様、我らの祈りを聞き届け今日も恵みを与えて下さり感謝いたします」

「七柱の女神様、我らの祈りを聞き届け今日も恵みを与えて下さり感謝いたします」


 ノアールと一緒にネリとトープも声を合わせて祈る。


「これらに備えられし実りに祝福が有りますように。御身に宿る力が我らの糧となりますように」


 祈りが終わって皆が食べ始めても、ノアールはつぶやいている。自分で納得がいくまで繰り返し、頷いてから食べ始めた。きっとまじめで努力家なのだろう。





 その晩、ネリにノアールが発見された時の事を詳しく話した。


「名前と年齢、黒い部屋の記憶だけを話した後、記憶が消えてしまったと言っていた。本人も混乱してたようで演技には見えなかったが、魔法にそう言ったものは無いか?」


 ネリは考え込んだ。マロウ神官と同じ風と叡智を司る藍色の女神の神殿出身なので、特に魔術関係の知識が豊富だ。


「記憶の操作と言うのはかなり高等な魔術の部類に入ります。それも暗部…決して表には出られないような人間たちが使う物です。例えば潜入捜査をするものが捕まった時に情報漏えいを防ぐ為の物なので、七歳の子供に使われるような物ではありません」

「記憶を回復させることは出来るか?」

「危険すぎます。一歩間違えれば精神の破壊を招きかねないので、控えた方が良いでしょう」


 ―――しばらくは他の孤児と同じ扱いで良いか。調べるのも最低限にしないと、暗部とやらの領域に首を突っ込みかねない。


「それよりも黒い部屋と言うのが気になります。黒い部屋は闇の神に関する魔術の象徴です。ノアールと言う名前から、元々は黒い髪だったのでしょう」

「ああ、それは本人が言っていた」


 ノアールの髪は根元まで真っ白だ。色素の薄い子供が生まれつきいないわけでは無いが、もともとの黒髪が短期間で白くなるなど儀式の影響でしかありえないだろう。

 ネリは知識を思い出しながら続ける。


「黒い部屋、黒い髪、黒い服。思いつくのはノアールを憑代にして亡くなった者を一時的に降ろす儀式、或いは闇の神やそれに準じる精霊を降臨させる儀式など、伝え聞いて居るものは碌なものではありません。おそらくマロウ神官もそれを心配して神殿で引き取るとおっしゃったのでしょう」

「もしくはあの爺さんが主犯格って事も考えられるな」

「知識欲の旺盛な方ですからね、否定はできませんが」


 今は普通の子供だが後々影響が出てくるかもしれない。ネリが言うには碌でもない儀式とやらの可能性。ノアの中に何かが宿るとか、過剰なほどの魔力の発現とか……今更になって危険の二文字が頭を過る。孤児を預かる身として、少し軽率すぎただろうか。


「なあ、ノアールを引き取ったのは正解だと思うか?」

「今の時点では何とも……でも、久しぶりに娘ができたのは少しうれしいです。まだ起こらぬことを案ずるよりも私たちにできることをしましょう。ノアールに対して悪意を持つものが村に侵入できないように致します」

「ああ、頼む」

「貴族が迎えに来るかもしれませんね」

「まだわからん。街の市場に立つついでに戸籍の方も調べようかと思う」


 どうかノアが生き延びた自分を悔やむことの無いように。 

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