大森林6

 エルフの村に戻ると何とも言えない香りが漂っていた。パンの焼けるような、とてもいい匂い。夕暮れ時とあって食事の支度でもしているのだろうか。

 荷物を置くために村の中心部に置かれたままの馬車へ戻ると、小屋の一つから声を掛けられた。


「モーブ、お帰りなさい。スマルト達も」


 私と同じくらいの年ごろに見える美少女エルフが出迎えてくれた。エルフだから年上かもしれないけれど、モーブさんの妹かな。それとも恋人や奥さんだったりして。それだと浅葱さんまた落ち込むな。

 エルフは私たちの所まで急いで降りてきた。


「紹介しよう。私の母のマルーンだ。母さん、馬車をちゃんと見てくれてたか」

「ええ、皆もの珍しそうに見てたけど手を出していないわ」

「お母様っ?」


 浅葱さんがほんの少し絶望の混じった声で聴き返した。背丈や顔立ちなど確かにモーブさんの妹、エルフなので下手をすれば娘にも見えるくらい。つまりは浅葱さんの方が年上に見えるわけで、種族の差をまざまざと見せつけられた気がした。


「はい、お母さんです。昨夜も今朝もおもてなし出来なくてごめんなさいね?」

「昨夜は遅かったし今朝は早かったからなァ。元気だったか?」


 スマルトさんが再会を喜ぶ。マルーンさんと並ぶとやっぱり山賊みたいで、私もこんな感じに見えていたのかと思うとちょっと笑えた。

 モーブさんが呆れながら肩を竦める。


「元気すぎるくらいだ。もうそろそろ引退すればいいのに森へ出かけて―――あ、そうだ母さん。あの変なユニコーンは森の奥の方へと移動したぞ」

「本当!?良かった、これでまた出かけられるのねっ」


 マルーンさんは喜んでいるみたいだけれど、私は引っ掛かりを感じた。出会ったユニコーンが偶々アレだったと思っていたけれど、元からあんなのだと知っていたような口ぶりだ。


「モーブさん、どういうことですか。あれが変なユニコーンだと知っていて私を近づけさせたんですか」

「ああ。女性エルフが見境なく追いかけ回されて、男しか狩りや採集が出来なくて困っていたんだ。人間が来てくれて助かった」


 しれっとした顔で答えたモーブさん。「酷い」と呟いて睨んだら思いっきり目を反らされた。そのまま視線を移動させて今度はスマルトさんを睨む。


「スマルトさんも知ってたんですか」

「いや俺はモーブに言われてそう言うもんだと思ってただけだ。考えてみたらエルフの乙女で呼び寄せて言葉で言い含めれば良かったのに、わざわざ人間の少女を連れて来いと言ったのは……」

「軒並み被害にあって囮になるものは居なくなった。それにエルフにとっては神聖な生き物だから追い払うなんて出来ない。分を弁(わきま)えぬ人間だからこそ追い払えたんだろう」


 自分たち本位なのはどちらだろう。モーブさんを涙目で睨みつけると誤魔化すように咳払いをしていた。……後でモデルにして描きまくってやるんだ。

 マルーンさんが苦笑しながら間に入る。


「まあまあ、今晩は食事を用意するからそれで勘弁してくださいな。パンにはちょっと自信があるのよ」



 浅葱さんと私が手伝いを申し出たが、あまり手の込んだものではないからとお断りされてしまった。火を扱うにも食材を切るのにも息をするように魔法を使うので、確かに足手まといになりそうだ。

 エルフの魔法は詠唱も魔法陣もなし。指先でついっと示せば思いのままに現象を起こす事が出来る。実際に目の前でマルーンさんにその様子を見せられて、ちょっぴり憧れた。そんな事が出来るのならユニコーンだって操ればいいのにと思うけれども、万能ではないし使える魔法は個人差があるようだ。


 家の中で全員が食事をするのは無理なので、外でござを広げて食べる。他の建物からこちらを窺う気配はするが、モーブさんとマルーンさん以外のエルフの姿はまだ見ていない。トイレが外にあるのだから誰かしら見かけてもおかしくは無いのに。トープもそれは気になるようで、視線を感じたのか小屋を見ながらしきりに首を傾げ、そのうち我慢できなくなってモーブさんに聞いていた。


「エルフの皆さんってこんなに人間を嫌っているんですか?」

「大歓迎で宴会を開くほど好いてはいない。だが、人間だってよその家に来訪者があったからと村中で接待をすることなんてないだろう?」


 言われてみれば確かにそうだ。見知らぬ者が村の中に入り込んでいるのだから警戒するのも理解は出来る。けれど、居心地は悪い。姿が見えないのはちょっぴり恐怖でもある。


「大勢でないと倒せない魔物が出た時は協力し合うけれど、エルフはそもそもが個人主義なのよ。森の外で集団行動しているエルフって見たことないでしょう?ここが村であることすら、かなり珍しいのよ」

「そう言えば歴史上でエルフの国家が誕生したなんて話は聞いた事がないな」


 魔法の実力もさることながら、長年生きることもあって知識も豊富。そんな種族が国家を作らないのは人間みたいに弱くなく、群れる必要が無いからだとモーブさんは言った。

 さりげなく人間を下に見る発言が飛び出す。頭に来るほどではないけれど、エルフとの付き合いの難しさを知った。


 食事はやっぱりパンと、野菜や木の実を調味料で炒めたものやサラダ、果物などだ。炒め物には少しだけお肉も入っている。

 エルフが穀物を栽培することはほとんどなく、木の実などで量増ししたパンなので香ばしくておいしかった。炒め物も変わった風味のスパイスが効いていて飽きない。

 

 食後はまったりとモーブさんを描く。女性エルフも描きたかったのでマルーンさんもモデルになってもらった。紫苑さんと浅葱さんも一緒だ。他のメンバーは特に興味は湧かなかったらしい。場所は、私たちが泊まった小屋の中だ。


 ベッドの上で座ったり立って弓を構えるなど、ポーズを取ってもらう。


「私が森でモンスターに襲われているところをスマルトが助けてくれたのよ。昔は名の知れた冒険者だったのに、年は取りたくない物ね」

「十年くらい前だったか。それから見る見るうちにスマルトは老けてくから種族の違いを思い知らされた」


 どこかぎこちない表情を和らげるために会話を交わしながらスケッチをしていく。

 一番の特徴は、やっぱり耳だ。

 人間の場合、耳の形は人それぞれで正面から見て開いている人やぺたりと顔の側面についている人、大きい人、小さい人、肉厚な人、薄い人と様々だが、エルフも個人差があるらしい。同じようにとがっているけれどモーブさんは長くて側面ぺったりタイプ。マルーンさんは小さくて横に広がるタイプだ。

 親子でこれだけ違うのが非常に興味深い。遺伝はあるのかな。モーブさんの子供が出来たらどうなるんだろう。


「モーブさんは結婚しないんですか?と言うかしていないんですか?」

「していないが、少なくとも人間を相手に選ばないつもりだ。年の取り方を実感しているから、辛くなるのは目に見えている」


 普通にエルフと結婚しないんですかと聞いたつもりが、なぜか人間相手の話になっている。浅葱さんとマルーンさんの目がキラキラしていて、紫苑さんは「トープ、哀れすぎる」と呟いた。

 ―――ん?


「もしかして皆さん、私がモーブさんに気があると思ってません?」

「あれ、違うの?うちの連中は『君の絵を描きたい、モデルになってくれないか』が口説き文句になっているからてっきりノアちゃんもそうなのかと」

「口説き文句なんですか!?え、前にも聞いた気がしますけど、それって画家の間では常識的な事?普通に異性をモデルにするのはどうするんですか」


 私は立ち上がって悲鳴を上げる。いくらなんでも気が多いと思われるのは嫌だ。


「ノアール、落ち着け。浅葱はうちの連中と言ったが正確にはメイズとスマルトだけだ」

「なんだ、良かった~」


 比較的常識人の部類に入ると思っている紫苑さんの指摘で、私は安心した。けれどそれも一瞬の出来事。紫苑さんの次の言葉でそれは台無しにされた。


「ところでモーブ、エルフの筋肉の付き方を描いておきたいから、脱いでくれないか?彫刻の方でも参考にしておきたい」

「―――え?」

「何も全部脱げと言っているわけでは無い。女性ではあるまいし、上半身くらいいいだろう」

「え、え?」


 戸惑うモーブさんがこちらへ助けを求めるように見ている。浅葱さんはおそらく紫苑さんの味方になるつもりらしい。マルーンさんは何も言わずにこにこと見守っている。


「ダメですよ、紫苑さん。最初にモーブさんにモデルを頼んだのは私です。私のモデルです」


 モーブさんが助かったとばかりに安堵の表情を浮かべている。けれど、助けを求める相手を間違えたね。私だってこんな機会は逃したくない。ユニコーンの件で鬱憤が溜まっているから絵を描くことで晴らしたいのだ。一対一なら言わないけれど、ここには紫苑さんも浅葱さんもいる。

 私はにっこりとほほ笑んでモーブさんに告げる。


「ユニコーン被害の慰謝料として、脱いでください」

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